『山口くんはワルくない』無自覚小悪魔ヒロイン・皐に習う、モテ女テクニック

マンガ

公開日:2020/4/11

『山口くんはワルくない』(斉木優/講談社)

「不良少年×地味女子」の恋物語といえば、少女漫画の王道中の王道です。雨の中震えている子猫にそっと傘を差し出す不良少年を、電信柱の陰から見ているヒロイン。「いつもは悪ぶってるけど、本当は心優しい人なのね」とかなんとか言って、恋が始まっていきます。不良少年が見せるギャップに、ヒロインと読者が惹かれていくわけですね。

 別冊フレンドで連載中の『山口くんはワルくない』(講談社)も、そんな王道パターンをなぞった作品だと思っていました。

 周りから「ヤクザ」と呼ばれる強面男子と、大人しくて地味な女の子が、出会って惹かれ合うというストーリー。

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 まさに「不良少年×地味女子」の王道パターン。ところがこの作品、王道と思わせておきながら、違うのです。本当は「強面だけど内面普通男子×見た目地味だけど思ったことすぐ言う無自覚小悪魔女子」の恋愛コメディなのです。

(あらすじ)
 電車で痴漢に遭った篠原皐(15)を助けてくれたのは、同じクラスの山口くん。関西からやってきた彼は、クラスメートたちから「ヤクザの山口くん」と呼ばれるほどの強面で、みんなから恐れられている。皐も、「この人とは絶対に関わっちゃいけない」と心に決めていたが、助けてもらったのをきっかけに、山口くんに興味を持つように。テスト前には夜遅くまで勉強していたり、お弁当にはタコ型ウインナーが入っていたり、照れると耳が真っ赤になったりと、意外すぎるギャップを持つ山口くんに、皐はどんどん惹かれていって……。

「ヤクザの山口くん」は、強面だけど、中身はごく普通の高校1年生。周りが勝手に怖がっているだけで、本人はいたって真面目で、優しい性格です。

 もしこれが、「不良少年×地味女子」の王道少女漫画だったら、外見からは想像できない山口くんの可愛いらしいギャップにキュンキュンするのが一番の見どころになるはずでしょう。しかし、この物語で真に注目すべきは、山口くんではありません。ヒロイン・皐のほうなんです。

臆さず相手を褒めまくる、モテテクニック

 自他ともに認める“地味系女子”の皐は、これまで彼氏はおろか、男友達もいませんでした。恋に憧れる、ごく普通の女の子という設定です。

 少女漫画的パターンでいうと、さらに優柔不断、臆病、受け身といった性格が追加されそうですが、皐は逆です。大人しいけれど、気になる男の子には積極的に絡んでいく女の子なのです。

 たとえば、気になる彼が偶然同じ電車に乗っていたらあなたはどうするでしょう。話しかけたいけど、恥ずかしいし……なんて、モジモジしちゃうんじゃないでしょうか。

 皐は違います。偶然を装って山口くんの隣をキープし、さらに相手をめちゃくちゃ褒めまくります。

「学校でもしゃべったらいいのに…おもしろいし優しいからしゃべったほうがいいと思う!」
「人気者になっちゃうかも!」

 朝っぱらから、こんな風に女子に褒められて、嬉しくない男子はいませんよね。でも山口くんは戸惑い、突っぱねてしまいます。なぜなら彼は、中身は普通の男子高校生だからです。急に褒められると恥ずかしいのです。

 それでも、皐はめげません。微妙な空気になっても気にせず、「わたしと友達になって」と、山口くんに言ってのけます。ハートが強い。

 これに対して山口くんは、一言「うん」と答えます。「いいけど」でも「ああ」でもなく、ただ一言、「うん」。

 関西から引っ越してきて、まだ友達がいない山口くんの心境を考えると、皐の「友達になって」という言葉はかなり嬉しかったはず。だからこそ、とっさに素直な言葉が出てしまったのでしょう。

 もちろん、皐は計算なんてしていません。純粋に、山口くんと友達になりたかっただけ。これが、皐が“無自覚小悪魔”たる所以なのです。

断られても誘い続ける、強靭なハート

 こうして、はじめての男友達をゲットした皐は、山口くんに興味津々。学校行事の遠足も、山口くんと一緒の班になれたら……と思いを巡らせます。

「気になる彼と同じ班になれたら」という願望は、学生時代誰もが思いますよね。でも、なんだか気恥ずかしくて、言い出せないものです。

 ここでもやっぱり皐は違います。山口くんに「一緒に遠足に行こう」とストレートに誘える女の子なのです。山口くんも内心嬉しいけれど、自分と一緒にいると皐に迷惑がかかると思い断りますが、断られてもなお、食い下がる皐。

 いやいや、女子にこんなに気にかけられたら、男子は好きになっちゃいますよね? もう好きだと思います。

 なぜ、皐はこんな風に山口くんに絡んでいけるのでしょうか。それは皐に、「断られたらどうしよう」「周りから何か言われたらどうしよう」という不安や迷いが一切ないからです。

 クラス内が山口くんに関する根も葉もない噂でもちきりになったときも、皐はわざと大きな声で山口くんに話しかけて、みんなの度肝を抜きます。周りがなんと言おうと、自分は山口くんのいいところをよく知っているから怖くないのです。

 皐のこの清々しいほどの行動力は、読んでいてとても気持ちがいい。良いヒロインです。

 ともすれば、山口くんに目が行きがちな作品ですが、ヒロインの皐も立派なギャップを持つキャラクター。山口くんと皐、お互いが、お互いの二面性に惹かれ合うというのが、この作品の面白いところといえます。

 素直になれずに悩んでいる女子は、ストレートに気持ちを伝える皐の振る舞いを真似してみたらどうでしょうか。『山口くんはワルくない』第2巻が待ち遠しいです。

文=中村未来(清談社)