誰もが「生きているだけで貢献」している――『嫌われる勇気』著者による幸福に生きるための哲学

ビジネス

2020/4/6

『哲学人生問答 17歳の特別教室』(岸見一郎/講談社)

 発売から6年経った今、累計発行部数200万部を突破した大ベストセラー『嫌われる勇気』。アドラー心理学を解説し「嫌われることを恐れない」「ありのままの自分を受け入れる」ことの先に幸福があると伝えている。

 そんな『嫌われる勇気』の著者のひとりである哲学者の岸見一郎先生が自身の母校である京都の名門、洛南高等学校で行った特別授業を書籍化したのが『哲学人生問答 17歳の特別教室』(講談社)だ。授業では高校生の悩みに答えているが、内容は大人でも思い当たるものばかりだ。

 例えばこんな悩みがある。

「給料とやりがい、どちらで仕事を選べば幸福になれるでしょうか」

 安定した収入が見込める仕事に就くべきか、自分がやりたいと思っている仕事に就くべきか悩む男子高校生。お金が好きなので、もし稼げるなら魂を売り渡してもいい。お金さえ稼げればいいと話す。

 そんな彼に、先生はこんな風に答えている。

岸見先生:「最終的にその仕事が自分の「ため」(善)になるのか、さらにはその仕事で幸福になれるのか。ノルマ達成のために不要なものを売りつけるなど客が不利益を被るのであれば考えなければなりません。幸福につながる仕事とは客の利益になることを目指し、そうすることで客が幸福に生きることに役立てたと思える仕事です。そう思える仕事をしていると幸福になれますが客に損をさせてでも儲けようと思っていると、たとえ儲かっても幸福であるとは感じられないでしょう。さらには会社全体が社会に役立つ仕事をしているかが重要です。誰かの犠牲の上に成り立っているような社会においては誰も幸福に生きることはできません。お金を得るにしても何か有用なことのために使っていると思えたらお金を儲けることが自分の幸福につながります」

 世間では一流大学合格、一流企業での出世を幸福だと思うかもしれない。しかしこれらは「成功」であって、「成功」=「幸福」ではない。成功するためには何かを達成しなければならないが、幸福は人生のゴールではなく、「今」という過程なので成功する必要がない。幸福は「状態」だ。幸福という「状態」になるには「自分が今できることは何か」を考える必要がある。多くの悩みは対人関係から生まれるように、多くの幸福も対人関係から得ることができる。だからこそ、幸福になるためには対人関係の中に入っていく勇気が必要だ。

 ではどうやって勇気を持つか。必要となるのは「自分には価値がある」と考え、貢献力を持つことだ。

「貢献力を持つ」=誰もが「生きているだけで貢献」している

 価値や貢献力だなんて大層な言葉に聞こえるが、人間ひとりで生きている人はいない。他の人たちに生かされていると思える人は、何かの役に立てるのなら役に立ってみようと思うことができる。今の社会では、高齢、病気、障害などの理由で働けない人、また引きこもっている人は、生産性という観点から価値がないと考える人もいる。しかし、何かができなくても人の価値にはまったく関係がない。人の価値は生きていることにあるとわかっている人は他者に対しても寛容になれる。「自分の価値は自分が生きていることにあるのだと思い出してほしい」と岸見先生は言う。

「生きているだけで貢献できる」は決してきれいごとではない。先生自身、こんな経験を持っている。

 50歳で心筋梗塞を患い、ベッドで身動きが取れなくなった。仕事を失い、家族にただ迷惑をかけているだけだと思い、こんな自分に生きている価値がないのではないかと思い悩んだ。しかしある日ふと、もしも家族や親しい友人が病院に担ぎ込まれたとしたら自分はどういう風に感じ、どんな行動をとっていただろうか。どんなに重体であっても生きているだけでよかったと思えるはずだ。同じことを自分に当てはめて考えてはいけない理由はない、生きているだけで他者に貢献できる。

 そのように感じてから次第に精神的に安定し、少しずつ元気になってベッドで身を起こせるようになり、パソコンを持ち込んで原稿を書くようになった。すると次に起こったのは、看護師が先生の病室を次々訪問するようになったこと。休日に恋愛相談をする看護師もいたそうだ。

 いつの間にか、患者なのにカウンセリングをしているという状況ができあがった。

 このように、少しでも元気になり体を動かせるようになったら、人は行動のレベルでも他者に貢献できるようになる。

 自分の心の中にあった「幸福」の意味が、この本がきっかけで変わった気がした。悩んだ時や迷った時、あえて一見遠回りに見える哲学に触れてみることで、思ってもいない形で、自分が誰かに必要とされていることに気付くかもしれない。哲学は幸福になるための教養だ。

文=線

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