死因は転落死。“ひとりの天才”を失ったロックバンド。そのメンバー達が、人生を見つめ直した先にあったものとは?

文芸・カルチャー

2020/4/7

『空洞電車』(朝倉宏景/双葉社)

 大切な人を失って初めて、大切なことに気づくことがある。けれど、そこには後悔や無念が伴う。どうして人間は、なにかを失う前に気づくことができないのか。“当たり前”が当たり前ではないことに、もっと早く気づけていたなら――。

 小説家・朝倉宏景さんの新作『空洞電車』(双葉社)は、まさにそんな“大切な人の喪失”をきっかけに、周囲の人間が自分を見つめ直していく物語だ。

 ある日、突然、ロックバンド〈サイナス〉のボーカルである洞口光人がこの世を去った。死因はマンションからの転落死。光人は作詞作曲を担当しており、若き天才と称された人物。メジャーデビューも果たし、これからを期待されていたサイナスにとって、光人の死はあまりにも痛手だった。彼は自殺を図ったのか、あるいは事故死だったのか。周囲の人物はその真相に思いを馳せながらも、それぞれに抱える問題へと向き合っていく。

 物語は残された5人のメンバーの視点で展開していく。ギター担当で光人の兄でもある海人、光人の恋人でベースの名手だった加藤紬、一時期はベースを担当していたマネージャーの村井匠、ドラムの副島まき、キーボードの武井慈夢。彼らは光人を失った哀しみとともに、各々の立ち位置を見つめ直す。

 たとえば、兄である海人が直面するのは、一歩踏み出すことのできない恋だ。彼には両思いの女の子がいるものの、どうしても関係を前に進めることができない。その後押しをしてくれたのが、死んだ光人だった。光人亡き後、部屋の片付けをするためにマンションを訪れた海人が見つけた、ひとつのメッセージ。それを受け止めた海人は、光人へ思いを馳せることになる。

 紬は光人との関係について、匠は自身のコンプレックスについて、まきは夫との不仲について、そして、慈夢は光人の死の真相について……。それぞれの視点で綴られる物語の陰には、必ず光人が遺した意思がちらつく。誰もが光人を失ったことで、新たな未来を切り拓いていくのだ。

 本作はミステリー小説ではなく、もがき続ける若者たちの姿を追った青春群像劇である。ゆえに、光人の死の真相は最後まで明らかにされない。けれど、それは大事な問題ではないのだろう。重要なのは、残された人たちがこれからどんな道を歩んでいくのか。真相が明らかになったとして、死んだ人間が生き返るわけではない。だとするならば、いつまでも過去にとらわれるのではなく、未来に目を向けなければいけない。朝倉さんは、きっとそんなメッセージを込めているのではないか。

 天才を失ったバンドが、一体どうなるのか。その行方は、エピローグで明示される。その結末はとても希望が持てるもので、読者を物語世界に引き込むものだ。

 光人の死を防げていたのなら。本作の誰に感情移入したとしても、きっと読者はそう思うだろう。けれど、喪失を機に気づくことは、どうしたってある。本作はその無情さと儚さを描く、切ない青春小説だ。

文=五十嵐 大

この記事で紹介した書籍ほか