「これは嫉妬だ」東京育ちの才女vs.地方の優等生美女。閉ざされた学園で繰り広げられる青春と成長の物語!

文芸・カルチャー

更新日:2021/1/19

『金木犀とメテオラ』(安壇美緒/集英社)

『金木犀とメテオラ』(安壇美緒/集英社)という物語のタイトルは、著者が「流星」を意味する言葉“meteor(メテオ)”をイメージして名づけたそうだが、そのタイトルが、自分の中でギリシャの断崖絶壁に建つ修道院群“メテオラ”のイメージと重なったとき、私は感嘆せずにいられなかった。俗世とのかかわりを断たれた聖域、それはこの物語の舞台となる学園を連想させるばかりでなく、物語が扱う少女時代そのものだからだ。

 12歳の宮田佳乃は、北海道の僻地にある中高一貫の女子校・築山学園に入学した。寮を備えたこの新設校は、全国から生徒を募っている。宮田は東京生まれの東京育ち、ピアノはコンクールに出場するレベルの腕前で、名門塾の六啓舘に通うほど学業優秀、東京の有名校を受験するはずが、とある事情でこの無名校に「追いやられて」きた。学園は進学校を謳うものの、生徒はやる気のない者ばかり。けれど宮田は、信じられない思いで入学式の壇上を睨んでいた。入試成績1位の者が任されるはずの入学生代表挨拶は、宮田の役割ではなかった。こんな田舎にやってきてまで、宮田は誰かに負けたのだ。

 入学生総代として壇上に立ったのは、はっとするような美少女だった。澄んだ声や美しい姿勢、式辞の紙を開く動作すら人目を引く彼女、地元出身の奥沢叶は、学校が始まってもそつがなかった。恵まれた容姿と学力を持ちながらも常に謙虚、級長としてはつらつとクラスを仕切る一方で、端正な字を褒められたならはにかんでみせる。その微笑みが、宮田には演技であるように思われた。常に人目を気にしている、嘘くさい優等生──宮田は、奥沢の笑顔に隠されたものをかぎ取っていたのだ。

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 軽やかな手つきで宮田がピアノを弾き始めると、おお、とみなみが声を上げた。夜の葉に落ちる雨粒のようなメロディが、切ない旋律へと変わっていく。(中略)
 突然、不穏な気配に鳥肌が立って、宮田は一瞬、目線を上げた。
 奥沢?
 ステージで談笑している輪の中で、奥沢叶だけがじっと宮田を見つめていた。(中略)
 宮田はこの類の視線を何度でも浴びたことがある。
 六啓舘の最前列で。コンクールの会場で。
 これは嫉妬だ。

 少女時代という聖域は狭く、さらに少女たち自身に向かって閉じている。舞台袖の暗がりで絶望を持て余しているうちは、他人ばかりが明るい舞台にいるように思えてくる。けれど時は、彼女たちを舞台の上に連れてゆく。明るいところへ出たら出たで、強い照明が彼女たちの目を灼くだろう。

 だがそれは、少女時代に立つ者だけがその身に受けられる祝福だ。彼女たちにも、客席に座り、それをまぶしく眺めるときがきっとくる──そこに立つ者たちがみな、同じ暗がりを通り抜け、一瞬の輝きの中でそれぞれを演じていた、ひとりの人間なのだと知るときが。

 少女たちの内側にあるひりつきと成長を鮮やかに伝える本作には、『青い花』(太田出版)などで少女たちの繊細な心の機微を描き出し、本書の装画を手がけた志村貴子さんも、コメントを寄せている。

私が中学生の頃にこの作品と出会っていたら
北海道の女子校に通う世界線を夢想していたと思うんですけど
中年の今になってもやっぱり憧れながら読んでしまいました。(志村貴子)

 現役の少女はもちろん、かつて少女の心を持っていた人、人生の暗がりにいるすべての人が、明るいものに向かって顔を上げられるようになる一冊だ。

文=三田ゆき