「こんなこと書いちゃって大丈夫?」筒井康隆による皮肉とユーモアの極上SF短編集
公開日:2020/4/17

堕地獄仏法/公共伏魔殿 (竹書房文庫 つ 3-1)
- 著:
- 筒井 康隆
- 編集:
- 日下 三蔵
- イラスト:
- 木原 未沙紀
- 出版社:
- 竹書房
- 発売日:
- 2020/04/16
この本は、猛毒だ。「危険」と注意喚起しても良いくらいだ。ドキッとしてしまうような皮肉とユーモア。その刺激がいつの間にか病みつきになってしまった。その本とは、筒井康隆による『堕地獄仏法/公共伏魔殿』(竹書房)。
筒井といえば、『時をかける少女』や『パプリカ』などで知られるSF小説界の鬼才。この本はSFの短編集だが、多くの作品には世の中への風刺が混ぜ込まれている。最初は、「こんなこと書いちゃって大丈夫なの?」と恐る恐るページをめくっていたはずだったが、いつの間にか、この本の世界に身体中を侵食されている自分に気づかされた。
某組織を皮肉り、諸事情によりあらすじさえ書けない「堕地獄仏法」。巨大な権力をもった某公共放送の体制を描き、読めば、恐ろしさから受信料を払わずにはいられなくなりそうな「公共伏魔殿」…。その他、この本に収載されているのは、筒井康隆の初期傑作短編16作。どの作品も1960年代に書かれたものだが、今発表されたとしても納得の内容だ。
たとえば、短編「やぶれかぶれのオロ氏」は、今の日本の政治への皮肉としか思えない。後ろ暗いところのある火星連合総裁オロ氏は、人間の記者に痛いところを突かれるのをおそれ、ロボット記者相手の記者会見に臨む。だが、ロボット記者たちはいたって論理的。理路整然と問い詰められたオロ氏はパニックになり、無茶苦茶な答弁をしてしまうのだ。
「平和のための戦争だ!」「防衛隊は軍隊ではない!」「防衛隊は平和目的のための軍隊だ!」。そんな論理的矛盾だらけの発言にロボット記者はオーバーヒートし、次々と壊れていく。これは、今の日本の政治の描写ではないのか。未曾有の時代を前にしているというのに、歯切れの悪さを感じる政治家たちの発言。ロボットでなくても、違和感を覚えることばかりだ。だが、現実の記者会見では、いくら政治家たちが矛盾に満ちた発言をしていても、残念ながら、場が紛糾することはないのだ。
また、「いじめないで」という作品もおすすめしたい。敵の攻撃により大深度地下シェルターに閉じ込められた報道班員ノミ・サヤマは、自国最高峰の人工知能「中央電子頭脳JOP六号」と出会う。JOPとの問答により自分以外の人類すべてが死んだことを知ったサヤマは人工知能と痴話喧嘩のような言い争いを繰り広げることになり…。人工知能はどこまで発達していくのだろう。これから先の未来、人工知能の判断をどこまで許して良いのだろう。現代の人工知能の劇的な進化を予見していたかのような内容に驚かされる。
マスコミや政治家、大衆への辛辣な批判は、現代の人の心にこそ、響くのではないか。皮肉とユーモアの極上のSF短編小説集をぜひあなたも味わってみてほしい。
文=アサトーミナミ
この記事で紹介した書籍ほか

堕地獄仏法/公共伏魔殿 (竹書房文庫 つ 3-1)
- 著:
- 筒井 康隆
- 編集:
- 日下 三蔵
- イラスト:
- 木原 未沙紀
- 出版社:
- 竹書房
- 発売日:
- 2020/04/16
- ISBN:
- 9784801922754
レビューカテゴリーの最新記事
今月のダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチ 2021年2月号 美少女戦士セーラームーン/島本理生特集
特集1 わたしたちのセーラームーンが劇場に帰ってきた! 「美少女戦士セーラームーン」/特集2 作家生活20周年 島本理生の祈り 他...
2021年1月6日発売 定価 700円
出版社・ストアのオススメ
白泉社
伯爵令嬢と執事の禁断の恋! 19世紀のイギリス・貴族社会を舞台に描かれるコミック『執事と主は結ばれません』
主婦の友社
23歳で体重23kgに… 人気料理研究家・料理ブロガーMizukiさんが拒食症を克服しレシピ本を出版するまでをつづる初のフォトエッセイ
文藝春秋
一晩に3回、命がけの会食の相手は? 投資ファンド設立までの道のり/マンガ 生涯投資家③
ポプラ社
妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した話。夫でも止められない洗脳を解く難しさ
双葉社
青いアザを持つ女子高生と人の顔がわからない教師の恋の行方は――!? “事情”を抱える者たちの葛藤に目が離せない最新巻!
楽天Kobo
楽天Kobo年間総合ランキングが発表! 1位は社会現象にもなっているアノ作品
ブックラブ
「ようやく本が出たんだなという実感を持つことができました」森見登美彦氏が登場! ブックラブ読書会レポート
新着記事
今日のオススメ
-
レビュー
クスっと笑えて心はぽっかぽか! 元動物看護師が描く、癒し系猫コミックエッセイ『にんげん1人とねこ1匹』
-
レビュー
「繊細な新人社員」をつぶす上司と伸ばす上司の違いって?
-
レビュー
23歳で体重23kgに… 人気料理研究家・料理ブロガーMizukiさんが拒食症を克服しレシピ本を出版するまでをつづる初のフォトエッセイ
-
インタビュー・対談
「『美少女戦士セーラームーン』が声優としての覚悟を深めてくれた」月野うさぎ役・三石琴乃インタビュー
-
インタビュー・対談
「犬はどんな感情でもあわせてくれるけど、犬の短い人生は自分次第で決まる」ビションフリーゼ・月ちゃんと暮らす、夏生さえりさんインタビュー!