「こんなこと書いちゃって大丈夫?」筒井康隆による皮肉とユーモアの極上SF短編集

文芸・カルチャー

公開日:2020/4/17

『堕地獄仏法/公共伏魔殿』(筒井康隆/竹書房)

 この本は、猛毒だ。「危険」と注意喚起しても良いくらいだ。ドキッとしてしまうような皮肉とユーモア。その刺激がいつの間にか病みつきになってしまった。その本とは、筒井康隆による『堕地獄仏法/公共伏魔殿』(竹書房)。

 筒井といえば、『時をかける少女』や『パプリカ』などで知られるSF小説界の鬼才。この本はSFの短編集だが、多くの作品には世の中への風刺が混ぜ込まれている。最初は、「こんなこと書いちゃって大丈夫なの?」と恐る恐るページをめくっていたはずだったが、いつの間にか、この本の世界に身体中を侵食されている自分に気づかされた。

 某組織を皮肉り、諸事情によりあらすじさえ書けない「堕地獄仏法」。巨大な権力をもった某公共放送の体制を描き、読めば、恐ろしさから受信料を払わずにはいられなくなりそうな「公共伏魔殿」…。その他、この本に収載されているのは、筒井康隆の初期傑作短編16作。どの作品も1960年代に書かれたものだが、今発表されたとしても納得の内容だ。

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 たとえば、短編「やぶれかぶれのオロ氏」は、今の日本の政治への皮肉としか思えない。後ろ暗いところのある火星連合総裁オロ氏は、人間の記者に痛いところを突かれるのをおそれ、ロボット記者相手の記者会見に臨む。だが、ロボット記者たちはいたって論理的。理路整然と問い詰められたオロ氏はパニックになり、無茶苦茶な答弁をしてしまうのだ。

「平和のための戦争だ!」「防衛隊は軍隊ではない!」「防衛隊は平和目的のための軍隊だ!」。そんな論理的矛盾だらけの発言にロボット記者はオーバーヒートし、次々と壊れていく。これは、今の日本の政治の描写ではないのか。未曾有の時代を前にしているというのに、歯切れの悪さを感じる政治家たちの発言。ロボットでなくても、違和感を覚えることばかりだ。だが、現実の記者会見では、いくら政治家たちが矛盾に満ちた発言をしていても、残念ながら、場が紛糾することはないのだ。

 また、「いじめないで」という作品もおすすめしたい。敵の攻撃により大深度地下シェルターに閉じ込められた報道班員ノミ・サヤマは、自国最高峰の人工知能「中央電子頭脳JOP六号」と出会う。JOPとの問答により自分以外の人類すべてが死んだことを知ったサヤマは人工知能と痴話喧嘩のような言い争いを繰り広げることになり…。人工知能はどこまで発達していくのだろう。これから先の未来、人工知能の判断をどこまで許して良いのだろう。現代の人工知能の劇的な進化を予見していたかのような内容に驚かされる。

 マスコミや政治家、大衆への辛辣な批判は、現代の人の心にこそ、響くのではないか。皮肉とユーモアの極上のSF短編小説集をぜひあなたも味わってみてほしい。

文=アサトーミナミ