『恋は雨上がりのように』作者新作! 東洋の魔窟・九龍城砦が舞台の妖しく不思議な30代男女のラヴロマンス

マンガ

公開日:2020/4/17

『九龍ジェネリックロマンス』(眉月じゅん/集英社)

 大人の恋愛はどこか切ない。若い頃のように、心のままにエンジン全開で突っ走ると、予想以上のダメージを負うし、仕事にも差し障るので、加減を見ながら上手に進めなくてはならない。相手も自分も傷つかないように、慎重に。誰かを想う愛しさやきらめきは、若い頃と変わらないけれど、感傷に浸る時間が多くなるのが、大人の恋でもあるのかも…なんて考えることがある。

『恋は雨上がりのように』でその名を轟かせた眉月じゅん先生の新作『九龍ジェネリックロマンス』(集英社)は、過去・現在・未来が交差する不思議な街で、切なくも美しいはたらく30代男女の恋愛が、ひっそりと描かれるマンガだ。

 本作の舞台は、東洋の魔窟・九龍城砦(くーろんじょうさい)。物語は、スイカを食べた後に、気持ち良さそうにタバコを吸う、メガネでショートカットの美女・鯨井令子(32)の登場から始まる。ふさふさの長いまつげに泣きぼくろ、抜群のスタイルにダボッとしたシャツを着て、退廃的でダイナミックな九龍城砦にある自宅のベランダでタバコをくゆらす姿は、あまりの格好良さに息を呑んでしまうほど。そんな彼女の勤め先は、不動産屋。決して住みやすい場所ではないにもかかわらず、住人の数が減らない九龍の物件を、お調子者だが、面倒見の良い同僚男性・工藤と共に紹介している。

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 九龍はとても奇妙な場所だ。ノスタルジーあふれる街並みであると同時に、工藤が「地球のパチモン」だと目くじらを立てる、人類の新天地となるであろう“ジェネリック地球”の建設が着々と進行している。また、彼はなぜだか、九龍に入ってくる新しいものを憎み、「クーロンはなつかしい場所であるべきだからな」と力説する。そして、

「俺はこのなつかしいって感情は恋と同じだと思ってる」

 と、タバコを片手に、目を輝かせて語るのだ――。

「なつかしい」。この言葉は、恐らく本作をひもとくキーワードになるはずだ。鯨井が「クーロンになつかしさは感じないが工藤さんには時々“なつかしさ”を感じる」と工藤に伝えた際の不自然な沈黙。スイカとタバコの組み合わせが好きだと語る鯨井を見て、「同じこと言ってた人が以前いた」と切なげな表情で呟く工藤。鯨井自身は、はじめて行ったはずなのに、不思議となつかしさを感じる喫茶店で、なぜか自分の好みを把握している店員。そして、なつかしさを感じる工藤に、次第に想いを募らせる鯨井…!

 数多くの伏線と謎がちりばめられる本作には、まるで今すぐ謎解きをしたいと興奮する読者を落ち着かせるかのように、昔なつかしい景色や、恋する大人の男女の、妖しく美しいシーンが、所々、見開きでドーンと描かれている。そのダイナミックな麗しさに魅了され、作品をゆっくりと、心の奥深くまで染み渡るように味わうことができるのもまた魅力であった。

 きっと何か重い事情を抱えているに違いない2人だが、それらを胸に秘め、笑いながら突っ込みを入れ合う2人の恋は、一体どうなってしまうのか。また“ジェネリック地球”とは一体何なのか!? 九龍城砦を舞台に描かれるラヴロマンスの続きが、今から気になって仕方がない。

文=さゆ