累計115万部突破! 何でも願いを叶えてくれる『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』。おもしろさの秘密は、お菓子に隠されたダークな副作用……?

文芸・カルチャー

更新日:2020/5/7

『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』(廣嶋玲子:著、jyajya :イラスト/偕成社)

 いま、子どもたちが夢中になっている小説があるのをご存じだろうか。その名も「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」シリーズ(廣嶋玲子:著、jyajya :イラスト/偕成社)。2018年の「こどもの本総選挙」では9位獲得、累計115万部を突破。図書館で借りられないこともあるほど大人気のシリーズで、昨年29年ぶりに復活した映画「東映まんがまつり」の2020年度版にラインナップされるほど。新型コロナウイルスの影響で映画公開は延期となってしまったが、30代半ばの筆者でも夢中になり、既刊12巻(※)を寝るのも忘れて読みきってしまった本作の魅力を、ぜひともここで紹介しておきたい。

 食べたい味を無限に味わえる「クッキングツリー」、どんなカナヅチでもすいすい泳げるようになる「型ぬき人魚グミ」など、訪れた人の願いをなんでも叶える駄菓子を売る・銭天堂。店の女主人・紅子(べにこ)が毎日、福引用の抽選器から引く“お宝”(といっても「昭和四十二年の十円玉」というようにふつうの小銭だが)を持っていた人だけが、大人も子ども関係なく、店を見つけられるという不思議な店である。

おいしい料理の実がなる
「クッキングツリー」(1巻)
グミを作って食べると人魚のように泳げる「型ぬき人魚グミ」(1巻)

 この紅子の造形が、秀逸だ。どっしりと太っていて、まるですもうとりのよう。古銭柄の入った濃い赤紫色の着物を身にまとい、しわ1つないふくよかな顔に反して結い上げられた髪はまっしろ。赤い口紅に、色とりどりのかんざしという派手な装い。顔にしわひとつなく、おばあさんというよりは“おばさん”だけど、年齢不詳……。なんとなくシルエットはマツコ・デラックスさんを想像し、風貌だけを置き換えてみると、駄菓子屋にでんと座っていたらそりゃあすごい迫力だろうなあ、と思う。

advertisement
食べるとルパン能力が身に着く。誰にも気づかれずに盗める「怪盗ロールパン」(2巻)

 ときに「盗みの名人になりたい」と「怪盗ロールパン」を買っていく泥棒もいるけれど、「はっきり自分の意見を言えるようになりたい」とか「好きな子と同じクラスになりたい」とか、たいていの望みは些細でかわいらしいものだ。けれど、願いというのはすなわち、“欲”である。欲は、努力の原動力にもなれば、浅ましさを助長する原因にもなりうる。お菓子の効力の使い道をあやまると、お客はみんな副作用に苦しみ、せっかく手に入れた幸運が不幸に転じてしまう。その悲喜こもごもが、実におもしろい。

お客様用カップに紅茶を注ぐと、孤独をいやす友をよぶ「おもてなしティー」(2巻)

 個人的に好きだったのは、独身女性がさびしさをまぎらわすために購入した「おもてなしティー」や、とにかく努力せず有名になりたい美容師が手に入れた「カリスマボンボン」の話。子どもにも感情移入しやすいシンプルな心理描写で語られていくが、余計な装飾がないからこそ、理不尽な現実に翻弄される大人たちの描写に、ぐっときてしまう。

 とにかく一生懸命働きたいがために眠りたくない男性がお客となる「眠れませんべい」の話も好きだった、のだが、このせんべいは実は、紅子ではなく彼女をライバル視するよどみ(疫病神のような女の子だ)が経営するたたりめ堂の商品。お宝ではなく人の“悪意”をお代として集める彼女と、紅子のお菓子対決もまたなかなかに読みごたえがあり、11巻まで繰り広げられる2人の因縁や、不幸を逆恨みした大人たちが復讐を仕掛けてくるなど、ただの連作短編集でとどまらないところもまた、読者が夢中になり続ける理由だろう。

 作中で紅子が断言しているとおり、銭天堂は「人を幸せにするための店ではない」というのが物語に深みを与えているように思う。紅子はただ、賭けをしている。お菓子を売った相手が、それを活かすか身を滅ぼすか。制御しきれない欲望を、人間がどう扱うかを、ただおもしろがっている。

 著者の廣嶋玲子さんは本作についてこう述べている。

世の中は、いいこともあれば悪いこともある。だから、物語にはダークなものも少しだけ織りこみます。そうすることで、幸せや善なるものがより引き立つから。読者が『あ、そうだよね。幸せってそういうものかも』と、物語から感じとってくれればうれしいです。そして、自分だったらどのお菓子を必要とするだろう、どんなお菓子をつくるだろう、と考えてみてもほしい。物語を通じて、発想力を刺激されることを強く願っています。

 個人的には、廣嶋さんがネット詐欺師にひっかかった経験から書いた「逆ギレサブレ」のお話――あまりに憎しみが強すぎてボツになったというエピソードをいつか読んでみたいが、自粛で家にいることが多い今こそ、自分の欲や願いにあれこれ思いを巡らせて、想像の力で銭天堂を訪れてみたいと思う。

文=立花もも

(※)『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』13巻は4月16日(木)発売。執筆時は発売前。