成人と大人の狭間のA little bitterな大学生活。上質なカフェラテのような口当たり!『カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています』

文芸・カルチャー

更新日:2020/5/2

『カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています』(御宮ゆう/KADOKAWA)

 恋愛とは日常なのか、非日常なのか。恋は盲目、色恋に溺れるなど、日常から飛び出した世界で没頭するイメージがある。大人の恋愛なんて表現もある。では、成人してはいるが学生でもある大学生の恋愛は大人の恋愛足りえるのだろうか。そんな疑問に応えてくれるのが本作だ。

 クリスマス直前に彼女の浮気を目撃してしまった大学生・羽瀬川悠太は傷心で迎えたイブ前日に不思議なサンタ・志乃原真由と出会う。同じ大学の後輩であり、彼氏に浮気をされたばかりでもあった真由。偶然が生んだ縁は、二人を恋人とも友人とも異なる関係へと導きはじめる。頻繁に部屋へと訪れるようになり、手料理まで振舞ってくれる真由だったが、悠太にとって高校時代からの付き合いである友人・美濃彩華の知り合いである事が判明し──。

 御宮ゆう『カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています』(KADOKAWA)は、大学生たちの日常と男女の人間ドラマを描いた青春小説だ。ライトノベルや少年漫画ではなかなかフォーカスが当たりにくい年代の感情を巧みに描写し、WEB小説投稿サイト『カクヨム』が主催した『第4回カクヨムコンテスト《ラブコメ》部門』で特別賞を受賞した。

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 本作の魅力として、まずは主人公である悠太の性格をあげたい。過度に社交性が高かったり低かったりするわけでもない、ごく普通の大学生である彼は、人並みに友人と交流とし、嫌な事があれば落ち込み、嬉しい時にはテンションがあがる。何の特徴もないように見える彼は、「他人に踏み込みすぎない距離感」と「それでも踏み込める素直さ」という本人も自覚していない武器を持っていた。

 二十歳前後というのは実に難しい年代だ。何でも口に出して感情をぶつけ合うほど子供ではなく、空気を読んだ振る舞いを徹底するほどには世間ずれしていない。そんな中で悠太は相手が言いたくなさそうな事は追求しないが、自分が気になり、必要と判断すれば問いかける。これはある意味で特別な能力であり、同世代の者達に自然な信頼感を抱かせる。恋人関係でもないのに部屋に通い、手料理を振舞うようになる真由もまた、その一人だ。

「……謝りたくて。巻き込んじゃったなあ、と」
「先輩って、やっぱり先輩ですね」
「いや、慰め方上手だなと。今の状況なんて、そうだな、志乃原も悪かったねって言われるかと思ったんですけど」
「自分にも非があるのを重々分かってて、それでも気持ちの整理がつかないから俺に話してるんだろ。わざわざ追い討ちかけて何になるんだよ」

 とあるトラブルに巻き込んでしまった事を謝るに真由に、さらりと返す悠太。恩に着せるわけでもなく、お前は悪くないといったフォローもいれない。容姿端麗で男にモテる事を自覚しており、その事を意図的に、あるいは無意識に武器として活用している真由は、悠太の優しいドライさに心を揺さぶられていく。

 そしてそれは、自己信念を通すだけの画一的なものではない事が、互いに本音を出し合える関係である彩華との交流から浮かび上がってくる。

「……訊いちゃまずかったか?」
「……まず、ううん。別に、まずくはないんだけど」
「まあ、言いたくないなら──」
「──言いたくなかったら、なによ?」
「そうだな。お前が言いたくなくても言ってほしいわ、俺は」

 付き合いの長さから、気になってしまった本音を誤魔化す方が失礼だと判断すればその事を隠さない。彩華もまた才色兼備な己が異性からどう見られているか理解している女性だ。それゆえに仮面の被り方が上手く、その事を知っている悠太に対してだけは仮面を外して接していた。悠太の気遣わない気遣いはそんな彼女の心に染みこむような心地よさを抱かせる。

 男女の恋愛というものは、どうしても主導権を握るための駆け引きが注目されやすい。甘さを極めたチョコレートのような特大の好意、ストレートのウイスキーをあおるような熱く激しい感情のぶつけ合い。それらは恋愛ものの醍醐味ではある。だが、ありふれた日常の中での、何気ない言動の積み重ねから生まれるささやかな感情の変化。これもまた恋愛の本質だろう。少し甘く、時おり苦い。本作ではそんな、夕涼みのカフェでの一杯のような味わいの恋愛模様を堪能できる。5月1日に2巻が発売。この先に広がる次の味が楽しみで仕方がない。

文=榎元敦