“そうだったのか!”の連続と、その真実が連れてくる感動――気鋭のミステリー作家・辻堂ゆめ連作短編集『あの日の交換日記』

文芸・カルチャー

公開日:2020/4/30

『あの日の交換日記』(辻堂ゆめ/中央公論新社)

 この長い巣ごもり生活のなか、ふと思い立って始めた部屋の片づけ。そこでひょっこり出てきた懐かしいものたちと嬉しい再会をした、という人が増えているという。誰かからの手紙や撮ったことすら忘れていた写真、そして仲良しグループや、付き合っていたあの子との交換日記。DAIGOと北川景子が結婚前に交わしていたということでも話題になった交換日記は、よく考えてみると不思議なコミュニケーションツールだ。いつも会い、喋っている相手に、手渡しで言葉を届ける。今の時代、LINEやメールを使えば、すぐ書けるものをわざわざ手書きでしたためる。互いの書いた文字が一冊のノートのなかにどんどん降り積もっていく――。交換日記のなかに書かれた言葉には、知らず知らずのうちに、他のコミュニケーションツールとは違う作用が起きているのではないだろうか。

「このミステリーがすごい!大賞」優秀賞受賞作『いなくなった私へ』でのデビュー以来、軽やかなタッチと繊細な心理描写、そして鮮やかな仕掛けで注目を集めてきた辻堂ゆめの最新作『あの日の交換日記』(中央公論新社)は、様々な立場の2人が紡ぐ交換日記をテーマにした、初の単行本連作短編集だ。

 冒頭の一話、「入院患者と見舞客」では重い病にかかり、入院している小学4年生の愛美と病室まで勉強を教えに来てくれる先生との交換日記の様子が描かれる。先生から提示された“交換日記をするときのお約束”を守り、4年1組の仲良し、さくらとすみれのことを楽しそうに綴っていく愛美だったが……。続く「教師と児童」では、6年2組全員が担任の先生と個々に交わしてる日記に書かれた、ひとりの女子のただならぬ言葉が突き刺さってくる。

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“先生、聞いて。私は人殺しになります。(中略)お願いだから、じゃましないでね? ちなみに殺す相手は、このクラスにいる大杉寧々香です”
“どうしてそう思うようになってしまったのでしょう。よかったら、もう少しくわしく教えてもらえませんか。交かん日記の中で、今の思いをはき出してみませんか”

 先生は必死の思いで言葉を重ねるが、その子の“殺害計画”は止まらない。やがてあることが起き……。

 長い黒髪が印象的で、胸元にはアクアマリンのペンダントが揺れる、小学校の女性教師を中心に広がっていくストーリーは、交換日記の書き手であるそれぞれの日常と心のなかを拾っていく。“この淡々としたやりとりのなかに、いったいどんな謎があるんだろう?”と思ってしまうほどに。

 交換日記のなかで、これでもかというほど、互いの悪口を書き連ねていく双子の姉妹、さくらとすみれ(「姉と妹」)、小学校2年生の息子から交換日記をすることをせがまれ、始めてみたはいいものの、自分への返事をまったく無視した息子の不可解な言葉に戸惑う母(「母と息子」)、飲酒運転中にはねてしまった女性のもとへお見舞いに通うなか、彼女から交換日記に付き合ってほしいと頼まれ、その真意に思いを巡らす男性(「被害者と加害者」)……。一編一編のラストで読む人のなかに落ちてくるのは、“そうだったのか!”という驚き。そして“こんなところに謎は隠れていたのか”と思いを馳せることになる、≪こんなところ≫に胸が熱くなる。

 一話一話が独立しながらも、登場人物たちが連鎖していく7つ物語は、切迫流産で入院中の妻が、“現実世界との間に線を引いて、このノートの中でだけ、今まで話してこなかったようなことを振り返ってみる”ことをしようと始めた、夫婦の交換日記を描いたラストの一編「夫と妻」で、思いがけぬ景色を見せる。妻は夫に対し、ある疑念を抱いているようで……。それが明らかになったとき、訪れるのは、“この本を読んでよかった!”と実感する心地よいカタルシスだ。

 この一冊は、デビュー5年を迎え、今年はじめに上梓した青春ミステリー『ヒマワリ高校恋愛部!』でさらに読者層を拡大した辻堂ゆめの、ミステリー作家としての力量が見えるような多彩な技が凝縮されている。ある意味、古典的、正統派と呼ばれるものに近いミステリーは、登場人物たちと同じ、小学校高学年の子どもも楽しむことができるだろう。“そろそろ大人向けのミステリーが読んでみたい”という子たちに、“ミステリーって、こういうものなんだ!”という心躍るファースト・ミステリー体験を連れてきてくれるに違いない。人生の時間と人の機微を蓄積してきた大人には、その謎がじんわりと沁みてくるだろう。読んだ人が、それぞれの驚きと感動を互いに語り合いたくなるような一冊だ。

文=河村道子