しわが一瞬で消える? 子守を代わってくれる? 何でも願いを叶える“不思議な駄菓子屋”に、ハマる大人が続出!

文芸・カルチャー

更新日:2020/5/7

『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』(廣嶋玲子:著、jyajya :イラスト/偕成社)

 駄菓子、と聞いて心をときめかせるのは子どもよりもむしろ大人じゃないだろうか。ところせましと並んだ、だじゃれのような名前のお菓子が、ときどきゲーム感覚で遊びながら食べられて、しかも小銭で買える。近頃は、駄菓子バーなんてものもあるが、店の奥でひっそり座っているおばあちゃんも込みで、駄菓子屋は大人たちのノスタルジーを具現化したような場所だ。

 だが、「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」シリーズ(廣嶋玲子:著、jyajya :イラスト/偕成社)に登場する駄菓子屋を切り盛りするのは、白髪ではあるものの、顔立ちは若々しく、すもうとりのようにどっしり太って着物を着ている、年齢不詳の紅子さん。彼女が望む“お宝”をもった人だけがそのお店にたどりつくことができて、悩みにあった願いを叶えてくれる魔法のお菓子を、安ければ1円、高くても500円で手に入れることができるのだ。

 児童書なので大人はなかなか手を出しづらいかもしれないが、子どもと一緒に読んで夢中になった両親、祖父母世代も少なくないという。本当かなあ、と半信半疑で読みはじめて、驚いた。

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■「しわとり梅干し」「子守コウモリ」…その副作用とは?

 銭天堂のお客は、読者層と同じく子どもから老人まで分け隔てない。孫から「ばあばって、お顔しわしわだね」と言われてしまい、まだまだ若いと思っていただけにショックを受けた68歳の雪江さんが「しわとり梅干し」(3巻収録)を食べる話は、他人事とは思えずひやりとする。忠告されたのに食べすぎちゃって、副作用でしわしわがさらにしわしわになるところも、全然笑えない。

 43歳・独身のみどりさんが買った「おもてなしティー」(2巻)の話もよかった。ふだんは気楽な一人暮らしで、決して不幸なわけじゃない。でもときどき〈さびしい。さびしい。だれもいない部屋の中が、さびしくてたまらない。だれかにそばにいてほしいのに。だれかがそばにいてくれれば、それだけで満ちたりた気分になるのに。〉と思ってしまうという出だしが胸に突き刺さり、だからこそ淹れるたびに素敵な来客が現れるそのお茶に、どれほど中毒的な魅力があるかもわかってしまう。

 しわをなくしたいとか、一緒に過ごす人が欲しいとか、だれもが抱くささやかな――欲望ともいえないくらいささやかな願いに、つけこむ存在もいる。銭天堂の紅子をライバル視する、たたりめ堂のよどみである。

 たとえば、ターゲットとなった1人に28歳のwebデザイナー・健司がいる。彼の願いはただ「ちゃんと働きたい」だけだった。けれど寝る暇もないほど忙しいせいでいつも眠くて、仕事の効率も悪くなる。だから、同僚の紀子が銭天堂で手に入れた、睡眠を貯金できる「眠り貯金箱」(4巻)を買いに行きたかっただけなのに……よどみの誘いで彼は、一生眠ることのできない身体にさせられてしまうのだ。あまりに残酷な対価。果たして健司に救いはあるか? その結末はぜひ本書を読んで確かめてほしい。

 わかる。わかるよ。だって欲しいもの。しわとり梅干しも、眠り貯金箱も。子どもの夜泣きに疲弊しきったお母さんなら、ちょっとのあいだ子守をしてくれる「子守コウモリ」(6巻)だって欲しいし、家事をするだけで土日が終わってしまうような一人暮らしの社会人なら、留守中に全部片づけてくれる「おっかさん仮面」(8巻)だって欲しい。最初はほんのちょっとでありがたかったはずなのに、どんどん欲張りになってしまう気持ちもわかる。

 そんな私たちに紅子は言う。

つらいときにたすけてもらうのは、よいこと。けれど、便利なものに頼りすぎると、しっぺ返しがくるものでござんす。

 “あったらいいな”の憧れと、ほんのちょっとの慢心で落ちる奈落。その両方が絶妙な塩梅で描かれているから、このシリーズはおもしろい。紅子に勝負を仕掛け続けるよどみの、承認欲求や自分勝手さもまた、私たちのなかにあるものだから、個々のエピソードだけでなく、2人の対決を通じた大枠の物語からも目が離せず、読む手を止めることができないのだ。

文=立花もも