巻を追うごとに増す、紅子のハードボイルド感! ……怖すぎてお蔵入りしたエピソードとは?

文芸・カルチャー

更新日:2020/5/10

『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』(廣嶋玲子:著、jyajya :イラスト/偕成社)

 累計115万部突破の児童書「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」シリーズ(廣嶋玲子:著、jyajya:イラスト/偕成社)。なんでも願いを叶えてくれる不思議な駄菓子をたった1枚の硬貨で買える銭天堂と、すもうとりのように太った着物姿の店主・紅子の造形など魅力は多々あるが、駄菓子の使いようによって結末が悲劇に転じてしまう「一寸先は闇」な面が、子どもだけでなく一緒に読んだ大人をも虜にしてしまう理由だろう。

 たとえば2巻。占いがクラスで大流行し、自分も注目をあびたくて銭天堂で「お稲荷せんべい」を買った野田早苗のエピソードは衝撃的だった。願いはかなったものの、お稲荷様の言いつけに逆らってしまった彼女は、「巫女缶」に封じ込められてしまうのだ。たしかに忠告はされていたし、調子に乗ったのが悪い。だが早苗は12歳。あまりに厳しすぎやしないだろうか。でもまあ、たしかに穴に落ちるときって、こういうささいな「まあいっか」が原因なんだよな……とわが身をふりかえりつつ、あまりの容赦なさにぞっとした。

 ちなみにこの「巫女缶」、8巻では森元りえという女子高生が銭天堂から購入する。いじめられっ子だった彼女を守ることで自尊心を満たしていた同級生の美咲は、占いをことごとく的中させて人気者になっていくりえが気に食わない。そこへ現れるのが紅子のライバル、「たたりめ堂」のよどみである。

advertisement

 紅子はお代に硬貨を1枚受けとるが、よどみが欲するのは、人の中に潜む「悪意」。嫉妬にかられた美咲は「スリスリリンゴ」という、どんな品も百発百中で盗むことのできる駄菓子を与えられて、りえから「巫女缶」を盗もうとするのだが……。その結末は8巻で確かめてほしい。ちなみに美咲のスリを監視する刑事も2巻に登場していて、ときどき登場人物たちの運命が交錯するのも、おもしろいところである。

 よどみは幼い少女だが、心の奥底は嫉妬と悪意で燃えている。「たたりめ堂のほうが銭天堂より優れている」と認めさせるためなら、銭天堂のお客を奪ったり、商品に悪いものを忍び込ませたりと、なんでもやる。そんな彼女の売る駄菓子は、たしかに一見、銭天堂より魅力的だ。たとえば、銭天堂の「さいごにわら麩」がここぞというときに勝利をもたらすのに対して、たたりめ堂の「負け知らずアンズ」はどんな勝負にも必ず勝つことができる。「チュチュットチューインガム」(銭天堂)は誰か一人の才能をほんの少し吸いとるが、「つまみぐいサブレ」(たたりめ堂)は人数制限なしで他人の才能を奪うことができる……。効果は絶大。しかも自分が頑張る必要もなくて、金銭もとらない。となれば、惹かれる人もいるだろう。けれど、タダより怖いものはない。最初はささいな願望だったものが、自分に都合のよすぎる駄菓子によって自己中心的な我欲に変わり、運命がマイナス方向にゆがめられていく。

 度が過ぎる営業妨害を、紅子は何度となく返り討ちにするのだが、よどみはまったく懲りることなく、攻防はなんと11巻まで続く。ラストの対決はなかなか読みごたえがあるうえ、切なさすら感じられるので、ぜひとも最後まで追いかけてみてほしい。

 ちなみに本シリーズの担当編集者いわく「子どもの読者を対象にしているので、決してどぎつくなることはなく、“ほどよいブラック感”で安心して読めます」とのことで、著者の廣嶋玲子さんがネット詐欺師に騙された経験から書いた「逆ギレサブレ」のエピソードは、執筆に憎しみがこもりすぎたせいかお蔵入りになってしまったという。だが、そういうどぎついものも、読んでみたい。ぜひともアダルト版アンソロジーを編んでみてほしいものである。

文=立花もも