恋も夢も希望も、そんなもんなくても生きていける――壮絶な過去を軽やかに越える 、ゲイバー店員カマたくの人生哲学

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/9

『頑張らなくても意外と死なないからざっくり生きてこ』(カマたく/KADOKAWA)

 ある日、何気なくTwitterを見ていた時、1本の動画に目が釘付けになった。ヒゲを生やしたワイルドなそのイケメンはゲイであるようで、ゲイ風俗での嫌だった客の話やハッテン場での恐怖体験をコミカルに配信していた。この人は、一般的に見れば辛いであろう記憶をどうしてこんなにも明るく伝えられるのか。それが、カマたくさんへの第一印象だった。

 歌舞伎町のゲイバー「CRAZE」に勤務するカマたくさんは、Twitterのフォロワー数84万人超えの超人気者。なにげない日常をコミカルに切り取った動画が大人気だ。そんなカマたくさんの初エッセイ『頑張らなくても意外と死なないからざっくり生きてこ』(カマたく/KADOKAWA)にはあの明るさの根底にある人生観が惜しみなく記されており、心にこみあげてくるものがあった。

売春やブラック企業での勤務も全部意味があった

 カマたくさんの過去は、壮絶だ。中1の時にDVをする父親に売春させられ、以降、DVの解決法として自主的に売春をし、父親にお金を渡してきた。サービス残業300時間のブラック企業で働いたこともあるという。一般的にそうした経験は心の傷になりやすいが、カマたくさんはトラウマや恨みを抱いたことはないと語る。

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“「全部意味があった!」って思えちゃう。おかげで強くなれたし、楽しい人生も歩めた。そう思えるのは、本当に何も感じてなかったからではなく、過去のトラウマを乗り越えたからでもなく、「今が楽しいから」なのかもね。過去が今を作るのは間違いないけど、「今」が過去を正解にしてくれることもある。”

 この人はどうして、こんなにも強いのか。同じ毒親育ちであるからこそ、筆者はカマたくさんの人生観に興味が湧き、貪るようにページをめくった。

 その中で心に刺さったのが、芯のある生き方。近年は、何かと他人の目が気になるものだが、カマたくさんはぶれない。

誰だって「人間」だし、「もっと適当でいい」

“「言いたいけど、言ったら嫌われちゃうかな?」っていうことを、押し殺さない。それで嫌われることもあるんだけど、それでいいの。”

 誰とでも仲良くすべきという考えではなく、自分の意志や感情を貫くその姿勢にしびれた。その媚びない価値観の根本には、「人間」に対する独自の想いが関係しているよう。売春で社会的地位が高い人と接する機会が多かったカマたくさんは、地位や肩書ではなく「個」を通して人を見ている。

“私はどんな偉い人に対しても「どうせみんなチンコは一緒」って思うようになったのかもしれない。(中略)だから、相手がどういう地位の人かなんて関係なく、みんな「人間」としか思ってない”

 人をセクシャリティや性格、才能などでカテゴリ分けせず、自身もありのままの自分を謳歌し、人生を楽しんでいるのだ。

“世の中で「これがいい」って言われてることなんて、気にしないほうが健康的に生きていけると私は思うわ。もっと適当でいいし、人生に意味なんかなくてもいいのよ。”

 人生に意味がなくてもいい。その一言を目にした時、ドキっとした。もしかしたら、自分は楽しく生きるための理由を模索することで逆に、人生をつまらないものにしてきたのではないかと思わされたのだ。

“みんな真面目すぎるの。悩んでもどうしようもないことに悩んで、無関係な人の視線を気にしてやりたくないことして……そんなことしてたら疲れるのなんて当たり前。恋だって夢だって希望だって、そんなもんなくても生きていけるのよ。しかも楽しくね。”

 もっと力を抜いて生きてもいいんだ。カマたくさんの言葉は張り詰めた心に酸素をくれるのだった。

 未来を憂い、人は様々な悩みを抱く。けれど、現状ではどうにもならない悩みに振り回されるあまり「今」がおろそかになってはもったいない。カマたくさんの人生観は「今の自分」を大切にできない日に刺さる。今日の自分をちゃんと楽しめたのかと考えさせられるのだ。

 全4章からなる本書には、仕事や恋愛のアドバイスも収録。特に一問一答形式の恋愛の章には多様な価値観が盛り込まれており、十人十色な幸せの形が見つかる仕上がりなので、ぜひチェックしてみてほしい。

 自信喪失した心に喝を入れ、新たな生き方に気づかせてくれるカマたくさん。本書を手に取ると、「CRAZE」に足を運びたくもなる。

文=古川諭香