東大入試の男性器検査、5000人の未熟児を救った無免許医――医学の黒い歴史を一気読み!

暮らし

公開日:2020/5/10

『アリエナイ医学事典』(亜留間次郎/三才ブックス)

 新型コロナウイルス感染症に、抗インフルエンザウイルス薬のファビピラビル(製品名:アビガン)を投与したところ症状の改善がみられたという報道があり、その効果に期待している人は多いだろうが、そう簡単にはいかない。患者には他の療法も併用されているため効果の評価が難しく、投与後に悪化した例もあり、使用していない対照群との比較をしなければならないので、医療関係者からは観察研究の限界が指摘されている。もとより、今回のように特定の疾患のために開発された薬が他の目的に転用できる発見があれば、有益だと思われていた治療法が後に否定された例も少なくない。そんな医療の歴史における、闇の医学の物語を50選集めたのが、『アリエナイ医学事典』(亜留間次郎/三才ブックス)である。

5000人の未熟児を救った男の正体とは?

 1900年以前、未熟児は先天性疾患のように考えられ死産と同じ扱いを受けていたため、当時の産婦人科や助産所では「処分」を親から請け負う仕事をしていたという。そこへ「マーティン・アーサー・クーニー」という医師が現れて、世界初の保育器を用い約5000人もの未熟児を無事に親元へと帰した。ただ、聖人君子というわけではなかったようだ。医療費を工面するにあたり彼は、遊園地で未熟児を見世物にして見物料を取ったという。また彼の没後に経歴が全て詐称であり、医籍が登録されていなかったことが判明し、卒業したと称する学校にも記録は一切無く、出生地や生年月日すら不明。しかも彼は使用した保育器について、師匠のそのまた師匠である高名な産科医が開発したと述べていたのだが、当然のごとく孫弟子だったというのも嘘で保育器の製作者も謎のまま。結果が良ければ全て問題なしと云えるのか、医療にはこうした難しい問題がつきまとうのだ。

非常に高価な薬を簡単な製法で安価にした日本人

 かつて糖尿病は、「金持ち病」とも呼ばれていた。贅沢三昧している金持ちがなる病気という意味ではなく、高価な薬を使い続けるため金持ちしか生き残れない病気だったからだ。その薬こそがインスリンで、1920年代の大卒初任給が50円なのに対して薬代に毎月72円もかかり、その他に医者の診察料や検査料を加えると、治療費は年間で1000円を超えていた。ところが1938年(昭和13年)3月28日、魚の食品加工を営んでいた会社の清水食品に、水産講習所を卒業したばかりの「福屋三郎」という人物が入社したことでインスリンに価格破壊が起こる。入社後わずか3年ほどで、それまで哺乳類から採取していた原料を魚から取り出すことに成功し、大規模な工場や高価な設備を用いずに、なんと日本での年間必要量の66倍ものインスリンを生産可能にしてしまったのだ。

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女性患者を妊娠させた卑劣な医者は肺病治療の最高権威!?

 医者でもないのに医学界に立派な功績を残した人もいれば、こんな残念な人物もいる。1923年(大正12年)に起きた事件は、医者が18歳の女学生に座薬と偽り強制性交したというもの。犯人である「大野禧一」は、東大医学部卒で医学博士にして当時の肺病治療における最高権威とされ、被害者の父親が用意した私設診療所へ往診したさいに犯行に及んだ。父親は、気管支炎に苦しむ娘のために病院を作って大野を招いたそうだから、その金持ちぶりに驚く。だが、その医者が真っ赤な偽者。いや、医師であることは事実だったものの、執筆した博士論文はデタラメな不正論文と判明し、肺病の治療などもできなかったそう。ところでこの事件、女学生が妊娠したことにより発覚したのだが、どうして両親に被害を相談しなかったのかというと、両親が彼女の周りから有害図書などを徹底的に排除し、一切の性教育をしていなかったため、性交を医療行為と信じて疑わなかったらしい。

東大入試に男性器の検査があった!!

 そんな大野が卒業した東大では、1956年(昭和31年)度入学者まで男性器の検査が行なわれていた。理由は、1906年(明治39年)に実質的に東大附属高校とも云われた第一高等学校の生徒の健康診断をしたところ、実に1/3が性病に感染している結果が出たことで、風俗店通いが発覚したため。試験の成績が優秀でも、たとえ入試時に完治していても性病の痕跡があれば不合格となる一方、「受験対策」として症状が出ている部位を外科的に切除したり縫い合わせたりして、見た目を誤魔化す治療を施す医師もいたのだとか。もちろん根本的な治療になっていないうえ、その治療法は読んでいて自分自身が痛くなるような内容。性病ではなく、小さかったり、皮がかぶっていたりしても不合格になったそうだから、勉強以上に厳しい基準である。

 実は本書の面白さは、この手の下品な話の方なのだけれど、コレ以上のネタを取り上げると本稿が18歳未満閲覧不可になってしまうかもしれず、触れられなかった。もちろん、真剣に医療について考えさせられる逸話も多く、深く知りたい人にも頭をカラッポにして愉しみたい人にも勧められる一冊だ……と思う。

文=清水銀嶺