土方歳三は、男も惚れるバラガキ! 岡田准一主演映画『燃えよ剣』公開前に司馬遼太郎の原作を読もう

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/19

『燃えよ剣』(司馬遼太郎/文藝春秋)

 映画「燃えよ剣」。監督・脚本は「日本のいちばん長い日」「関ヶ原」など歴史の転換期を撮るのが得意な原田眞人、主役の土方歳三を演じるのは岡田准一だ。さらに、新選組局長近藤勇に鈴木亮平、早世の剣士沖田総司に山田涼介、土方の思い人お雪に柴咲コウと役者がそろう。見所たくさんで、目が足りなくなりそうだ。はたして、岡田演じる土方の色合いはいかに。

 原作は、司馬遼太郎の同名小説『燃えよ剣』(文藝春秋、新潮社文庫あり)。初版刊行の昭和39年以来、現在まで売れ続ける国民的ベストセラーだ。とはいえ、若者世代では読んだことのない方もいるだろう。この映画を機に文藝春秋から新装版が出るとのことなので、司馬ワールドを知るまたとないチャンス。ここでは、原作の背景をちょっとだけご紹介だ。

 時は幕末。それまで権力を握ってきた江戸幕府が、黒船からの開国要求にじたばたし、天皇を頂点とした国家作りを目指す長州・土佐・薩摩らに、倒されていくという歴史の転換点だ。そんな中、武州多摩の裕福な農家に生まれた土方歳三は、武士に憧れ京に上り新選組を結成。京都の治安維持に奔走する。ものすごい雑に要約するなら、農民が武士になって薩長らを切りまくるというわけだ。

advertisement

 しかし、その力およばす、甲府・流山・函館と転戦、土方らは負け続ける。司馬遼太郎は、そのようすを、まるで史実を実況しているかのように綴る。

 現在、新選組の存在は、大河ドラマや漫画『るろう剣心』、ゲームなどの影響で多くの人に知られている。しかし、かつては誰も彼らを知らなかったというのが驚きだ。明治の政権に敵対する存在だったからだろうか。そんな新選組を歴史の表に引っ張り出したのは、新聞記者の子母沢寛(しもざわ かん)、昭和3年に発表した『新選組始末記』だ。そして戦後日本の民衆のもとへ、その活躍を目に見えるように表現したのが司馬遼太郎というわけだ。それ以来根強い人気の新選組は、中でも土方歳三の存在が大きい。

 思うに土方の魅力のひとつは、映画のサブタイトルにもなっている「バラガキ(BARAGAKI)」なのではないだろうか。バラガキとは、乱暴者のこと。原作では漢字で「茨垣」と書かれている。「茨(いばら)は触れると刺さる」ことからきた隠語で、下手に触れればケガをするような土方の「やんちゃ」を表現している。彼は、少年時からバラガキで、最期までバラガキあり続けた。

 例えば、土方の少年時代は、次のように描かれる。〈農民なのに武士風に髷を結う。行商のついでに近隣の剣術道場に出入りする。不良集団との喧嘩はお手のもの(というかむしろ好物で多人数相手でも負けない)〉。この頃から、戦術を立てるのが上手く、決闘場所の地図をさらりと描いては、作戦を練った上で実戦に挑んだという。

 そんな土方が、近藤勇らと京へ。農民でも武士になれるチャンス。彼にとっては夢のような出来事だったに違いない。しかし、武士といってもお行儀のよい武士ではない。基本、土方歳三は喧嘩師。しかも、筋の通った喧嘩師だ。政治論や世の変化は二の次で、己の誠を貫く。司馬は小説のあとがきで、「男の典型を一つずつ書いてゆきたい」と言っている。「男という、この悲劇的でしかも最も喜劇的な存在を」とも。

 負け続けながらも、不安定な時代の波をも刺突する「喧嘩屋」「バラガキ」、土方。負け戦が続いても、時代の大波と争い己を貫く生き様には、司馬ならずとも惚れるはずだ。

文=奥みんす

(巻末収録)
原田眞人監督による解説「そびえ立つ歴史的遺産『燃えよ剣』を映画化して」では、氏の祖父とのエピソードや『燃えよ剣』との出会い、司馬遼太郎への愛、映画『関ヶ原』に続いて主演に起用した岡田准一をはじめ、鈴木亮平、山田涼介といった出演者にまつわる興味深いエピソードも6ページにわたり綴られている。今回の文藝春秋刊行の新装版でしか読めないので、あわせてチェックしてみてほしい。