旅を通じて、世界と自分を知っていく――ジャニー喜多川氏との別れに触れ、書きおろし小説も収録した加藤シゲアキの初エッセイ集

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/16

『できることならスティードで』(加藤シゲアキ/朝日新聞出版)

 加藤シゲアキさんの初エッセイ集『できることならスティードで』(朝日新聞出版)のなかで、不登校の小学生と出会ったエピソードがある。「同じ時間に同じこと勉強するってなんなの、意味わからなくない?」と言う少女に対し、加藤さんはこう答えた。「学校に行かないと、学び方を学べなくなるんじゃないかな」。そして少女にうまく伝えることができなかった想いがこう続く。

確かに、人生はいくつになってもやり直せるし、好きに生きていける。自分もそう信じたいし、そういう社会でなければならない。しかし、いつでもスタートできるように、人は学べるときに学んでいなければいけないとも思うのだ。

 加藤さんは、少女の想いを決して否定しない。小5のとき、一日だけ不登校をした経験をふりかえって、〈あくまで僕の人生経験〉であり〈自分の成功体験、失敗体験を告げて「だから君も学校に行きなさい」なんて響くわけない〉とわかったうえで、それでも言葉少なに想いを告げて、いまもずっと小学校の意義について、わかりやすく伝えられる方法を考え続けている。その真摯な想いにあたったとき、ああだから加藤さんの言葉はアイドルとしても作家としても触れる人の心に響くのだろうと思った。

 加藤さんは、自分の弱さも、他人の痛みも知っている。逃げたくなるほど理不尽な現実や、“みんなと一緒”に対するどうにもならない居心地がわるさも、わかってる。だけど、そのうえで、自分なりにどう受け止めて乗り越えていけるかを常に探っている人だから、同じ思いを抱えた人たちの心にまっすぐ突き刺さるのだろうと。

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 キューバへの一人旅。先輩・大野智と25時間海上をともにした釣り。仕事で訪れたニューヨーク。旅好きの友人とのスリランカ。収録されたエッセイも、書き下ろされた掌編小説も、すべて“旅”がテーマの本書を通じて、加藤さんは“世界の見方”を読者に伝えているような気がする。学校に行かないと学び方が学べないように、世界を見るための視点がどれほど多様になるかは、自分ひとりでは見いだせない。異国の文化や歴史に触れて、あるいは自分とまるで違う境遇の人と出会い、呼び覚まされる記憶や、現状の自分と照らし合わせて、ものの見方を深めていく。それはなにも重厚な新発見に限らなくて、自分はこんなものをおもしろがれるのか、あの瞬間は自分が思っていた以上に大切だったのかと、単純であたりまえの感情に気づかされるだけの場合もある。けれど、だからこそ、響く。等身大に悩みながら少しでも前進しようとする彼の言葉の渦に巻きこまれるうち、読者もまた、ともに学び前進していけるのではないだろうか。

〈あの時間があったからこそ、今の自分がきっとある。〉――故・ジャニー喜多川氏との思い出をふりかえった章で、加藤さんはこう記す。華やかに見える舞台裏で、受けた愛情も忘れられない後悔も全部抱えながら、自分にできることを探り続ける彼の姿に、自分たちもがんばろう、と奮い立つ勇気をもらえるのである。

文=立花もも