働く機械は「うつ病」になるか? AIにカウンセリングは必要か? 働く私とAIは何が違うのか?

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/17

『タイタン』(野﨑まど/講談社)

 最近、仕事について考えさせられる機会が多い。猛威を振るう新型コロナウイルスは、人々の仕事にも大きな影響を与えている。働きたくても働けない人もいれば、逃げ出したくても最前線で戦っている人もいる。自分はなぜこの仕事をしているのか。働くことにはどんな意味があるのか――外出自粛している休日には悶々と考えてしまう。紹介する『タイタン』(野﨑まど/講談社)は、まさに「働く意味」について考え直す小説だ。
 
 物語の舞台は、今から約200年後の2205年。AI「タイタン」によって人々は労働から解放され、仕事について考えることもなくなった。主人公の内匠成果(ないしょう せいか)も心理学博士だが、あくまでもその活動は趣味程度だ。好きなときに始め、好きなときにやめる。その姿は、毎日あくせく働く私たちの感覚とはずいぶん異なる。
 
 ある日、そんな彼女に初めての「仕事」が与えられる。それは、AI「タイタン」のカウンセリングだった。世界の労働を支えるタイタンのうちの1機「コイオス」が機能不全に陥ったため、〈人格化〉されたコイオスと対話し、その原因を探ってほしいというのだ。何億人もの生活がかかっている事実を考えると、内匠は“仕事の重み”を感じずにはいられなかった。

「僕は仕事が好きじゃない」

 対話したコイオスの答えは、思いもよらないものだった。彼の症状は、まさに人間でいうところの「うつ病」。人類の仕事を代替するために生まれたコイオスが、そもそも働く意味とは? という疑問を持ってしまったのだ。内匠たち人類は、自分たちの労働をタイタンに押し付け、自分たちは趣味を謳歌してきた。それゆえ、コイオスに対して簡単に「みんなのために働くべきだ」と諭すことができない。

 仕事とは何か――内匠とコイオスは、外の世界を見ながら、狩猟時代から続いてきた人類普遍の問題に立ち向かう。初めて働いた内匠の実感と、思考機械であるAIの論理。本作は、異なるふたつのアプローチによって、物語の主題へと一直線で進んでいく。近刊『バビロン』でも見せた真理への到達に、ゾクゾクせずにいられない。

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 現実世界で働く私たちは、いわば内匠とコイオスの“中間的存在”だ。働くために生まれてきたわけではないが、働かずには生きていけない。遠い未来を描いた本作を読み終えた後、読者はきっと自分の“今”を考えずにはいられなくなるだろう。果たして、自分は仕事に“やり甲斐”を感じているのだろうか、と。

文=中川凌(@ryo_nakagawa_7