直木賞作家・荻原浩が漫画家デビュー! “マンガでしか描けない”その世界とは?【試し読み】

マンガ

公開日:2020/5/24

『人生がそんなにも美しいのなら 荻原浩漫画作品集』(荻原浩/集英社)

「小説を書くとき、いつもはこういうこと、あんまりやらないんですけど」と言いながら、ささっとノートの端に描いてくださったのは、籠を背負って槍を持つ、ちょっと斜に構えた愛くるしい少年。縄文時代を舞台とした『二千七百の夏と冬』(双葉社)刊行の取材時、荻原さんが描いたのは主人公・ウルクの漫画だった。「この作品の執筆中は絵も描いていたんです。未知の世界のものだから、衣装とか持ち物とかも、ある程度、はっきりした方がいいかなと思って」。

“僕の場合、小説より、漫画を描いてみようと思ったほうが先でした。いまから40年前、大学4年のときです”と、あとがきにも記されているように、絵を描くのが好き、ということは以前からお伺いしていたが、あまりにも味わい深いそのタッチに驚いたのと同時に、自身の頭のなかで生み出している世界を、荻原さんはこんな風に見ているんだ、と突如、秘境のに迷い込んだような気がした。

『人生がそんなにも美しいのなら 荻原浩漫画作品集』(集英社)は、小説家のなかにある、その“秘境”へと足を踏み込れることのできる作品集だ。荻原さんと言えば、前述の『二千七百の夏と冬』をはじめ、≪14歳・明治生まれ≫の女の子と現代に生きる男性との奇妙な同居生活を描いた『押入れのちよ』(新潮社)、どうやら金魚の化身らしい謎の美女が部屋に現れる『金魚姫』(KADOKAWA)など、説明しがたい、誰も目にしたことのない日常を描く達人である。奇想天外なその状況を言葉の力で読者のなかに具現化し、時には文字を絵のツールとして使い、映像や音をつくりだす。たとえば、“ぽたり ぽた り ぽた  り”(『金魚姫』)のように。

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 そんな荻原さんをして、“漫画でしか描けない”と考えた作品が、8編から成るこの一冊のなかには詰まっている。ゆえに自著のコミカライズは一切ない。すべて漫画オリジナルの作品だ。

 連れ立って縁日に行った男の子と女の子の“逢魔がとき”を描いた「祭りのあとの満月の夜の」、病室で最期のときを迎えようとしている93歳の女性のもとに、懐かしい人々が次々訪れてくる「人生がそんなにも美しいのなら」、セリフが出てくるのは、おしまいのひとコマだけ。幼い日の夏休み、午睡のときに見た、夢かうつつかわからない経験が蘇ってくるような「ある夏の地球最後の日」……。

“すべて手描き&スクリーントーン手貼り”というアナログな手法で描かれた作品は、思いがけぬ設定、展開ながら、どこかで自分も遭遇したかもしれない人生のなかの奇跡の一瞬にまみえたような感覚がふつふつ湧き上がってくる。再読すると、新しい発見が必ずあるのは小説作品と一緒。それまで見ていたものが、くるっと姿を変える瞬間をビジュアルに封じ込めた大胆なコマ割り、緻密に描きこまれた画は幾度眺めても、いつも違うものに見えてくる。

 冒頭の描きおろし作品「大河の彼方より」は、40年前、荻原さんが手塚賞に応募しようとしていた作品が原型だという。アマゾン川流域に流れ着いた瓶。そのなかに入っていたのは日本語で綴られた、遥か遠い地からの手紙――広がっていく物語からは、人生のままならなさ、どうしようもなさ、けれどそこにある楽しさのひと粒、ひと粒のようなものが、あとから、あとから、押し寄せてくるような一作だ。

 これまで荻原さんの小説を読んできた人は、この一冊を読み終えたあと、どこか腑に落ちるに違いない。小説のなかの言葉が喚起してきた自分の想像とのやさしいリンクに。けれど、あえてそことは切り離して楽しむことをお勧めしたい。“漫画家・荻原浩”がつくりだした、センチメンタルで、ブラックで、奇妙で、愛おしい、まったく新しい世界を。

文=河村道子

【試し読み】
とうもろこし畑の伝言

(C)荻原浩/集英社