「9.11を予言」と話題になった中国軍人による戦略研究書が復刊! 自然現象さえ武器にできると考える、新たな戦争「超限戦」の恐ろしさとは!?

社会

公開日:2020/5/25

『超限戦 21世紀の「新しい戦争」(角川新書)』(喬良、王湘穂:著、坂井臣之助:監修、劉琦:訳/KADOKAWA)

 さほど古い本ではないのに絶版になってしまい、古書店でウン万の高値で売られていて手が出せない…。本好きなら一度はそんな経験をしたことがあるだろう。

 これから紹介する本書も、かつてはそんな1冊だった。そして、「しっかり読んでおくべきだった」と後悔したのは、どうやら読書家ばかりではなかったようだ。

 新書で復刊した『超限戦 21世紀の「新しい戦争」(角川新書)』(喬良、王湘穂:著、坂井臣之助:監修、劉琦:訳/KADOKAWA)のことである。最初の日本版の発売は2001年12月(共同通信社)。ネットの古書店では、平均的に3万円以上の高値。どうやらあまり多く刷られなかったようだ。

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 それはさておき、本書冒頭には日本語版刊行のメッセージとして、この本をしっかりと研究しなかったことを後悔した人物がいた、というエピソードが載っている。それが米軍の高官たちだ。というのも、特に米国に向けて、テロ対策の重要性を訴えた本書が世に出た1999年から2年後の2001年、「9.11米国同時多発テロ」が勃発してしまったからだ。

16歳の少年によるハッキングが国にとって一大事となる時代

 こうして「9.11テロを予言した本」として、世界中から注目された本書は、中国人民解放軍のエリート(当時)喬良と、元エリートの王湘穂による、「超限戦」と彼らが定義する「新たな戦争」の詳細を紹介し、その備えを促す内容となっている。

 ではいったい、「超限戦」とはなんなのか。著者陣の言葉で紹介しよう。

 すべての境界と限度を超えた戦争、簡潔にいえば超限戦である。
 この呼び方が成立するなら、このような戦争では、あらゆるものが手段となり、あらゆるところに情報が伝わり、あらゆるところが戦場になりうる。

 戦闘員とは思えない一般人を装った人物が旅客機をジャックし、非戦闘員たちしかいない大都会のど真ん中の高層ビルを、まさに戦場のごとく破壊する。こうした無差別テロは間違いなく「超限戦」のひとつだが、もちろんそれだけではない。

 ハッキングも「超限戦」の重要な一角だ。本書にはこんな事例が紹介されている。

 1994年、あるハッカーがイギリスからニューヨークのアメリカ空軍開発センターを襲撃し、その被害は、韓国の原子力研究所やアメリカ航空宇宙局(NASA)にも及んだという。

 じつはこの事件、本格的なテロではなく、犯人はゲーム感覚を楽しみたかっただけの16歳の少年だったそうだ。相手が遊び感覚でも、IT化が加速する現代においては、その被害は甚大になりかねない。それだけに、ハッキングは脅威なのだ。

 また著者陣が、再三にわたり「ジョージ・ソロス」と、著名ユダヤ人投資家・慈善家の実名を挙げて、その危険度を訴えるのが、「超限戦」カテゴリーの同じく重要な一角とされる、巨額な資金を操ることで仕掛ける「金融戦」だ。

 ちなみに、今も世界で絶大な力をもつジョージ・ソロスを指して、忖度なしにテロリスト扱いするその男前ぶりに、本書の真骨頂を感じるのは筆者だけではないだろう。

 本書の分析によれば、金融兵器を作戦に用いるのは、何もソロスの専売特許ではないとし、「これより前、西ドイツのコール首相はすでにマルクを使って、砲弾でも潰せなかったベルリンの壁を崩壊させていた」と、金融戦の事例もさまざまに挙げている。

「エルニーニョ」、「ラニーニャ」現象を兵器として人工的につくりだす未来

 本書には他にも「貿易戦」や「新テロ戦」など、さまざまに分類しながら「超限戦」が紹介されているが、本稿の筆者がひときわ関心をもったのは、「生態戦」と名付けられたカテゴリーで、その内容はこう記されている。

 現代技術を運用して川、海、地殻、南極・北極の氷、大気圏、オゾン層の自然状態に影響を及ぼし、降雨量、気温、大気の成分、海面の高度、日照などを改変したり、地震を発生させるといった方法で、地球の物理的環境を破壊し、あるいは別の地域生態状況をつくりだす。
これが一種の新しい非軍事戦争パターン、すなわち生態戦である。

 著者たちは、一部の国、もしくは組織が、自然を操るスーパー兵器として、人工的に「エルニーニョ」または「ラニーニャ」現象をつくりだす未来は、「そう遠くはない」と示唆している。

 陰謀論の文脈ではよく聞く気象兵器の存在だが、果たして人類は、本当に自然さえも武器にしてしまうのか。地球からの恐ろしいしっぺ返しを想像できないほど人類は愚かではない、そう信じたいものである。

 他にも、湾岸戦争を中心にした近代戦の詳細な分析や、過去の戦争史とも照らし合わせながら、IT化・グローバル化を背景に、さらに多様化するであろう未来の戦争までを見通す本書。

 何もかにもが兵器になり得て、どこもかしこもが戦場になり得ることを実感する今、約20年前に書かれた本書の先見性、もしくは予見性に脱帽しつつも、どうしたって争うことを辞さない人類の愚かさもまた、再認識させられる1冊なのである。

文=町田光