黒髪のクールな捜査官、心ざわめくキュートなメイド、ちょっとブラックな遺体修復士の双子姉妹……多彩なキャラクターが織りなす魔法ファンタジー

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/30

『魔法で人は殺せない』(蒲生竜哉/幻冬舎)

“From Hell”という書き出しで始まる赤いインクで書かれた挑戦状。警察に送り付けられた被害者の腎臓の一部、わずか10分の間の殺害、解体……世紀の未解決事件として今なお、語り継がれる“切り裂きジャック”。イギリス中を震撼させた娼婦連続惨殺事件は、人間業とは思えぬ所業の不可解さと、瓦斯洋燈が作る影のような時代の持つ闇の暗さを伝えくる。そんな空気をまとった19世紀のイギリスを彷彿とさせる舞台。そこが、魔法が関係している事件を扱う王立魔法院、捜査官のダベンポートが難事件を解決していくフィールドだ。

「だからさ、ダベンポート、これは絶対に魔法の仕業なんだ」
「……一体、君は僕の話を聞いていたのかね?」「そんなことは絶対に不可能だ。僕が断言する」

 鬱蒼とした森のなかにある広大な邸宅で、破壊的とも言えるような遺体で発見された伯爵夫人。凄惨なその事件の捜査に、王立騎士団のグラムとともに派遣されたダベンポートは、即座に、証拠が見つからないとき、なんでもかんでも魔法の所業にするのはやめろ、と言い放つ。「魔法には厳格なルールがある」のだから、と。

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 冒頭で提示されるその言葉こそ、今、多くの読者が、文字通り“ハマっている”魔法ミステリー『魔法で人は殺せない』(蒲生竜哉/幻冬舎)のなかに存在する厳格なルールだ。その“ルール”とは3つ。

その1 魔法は物理学の法則を曲げられない
その2 魔法は正確に魔法陣で定義されなければならない
その3 魔法の行使には領域(リーム)の定義が不可欠

 魔法院によってアーカイブされている過去に行使された魔法陣、それを収めた魔導書を読み解き、計算や実験を施していく緻密な設定や、「魔法と科学では、ただその実現手段が違うだけだ」と主張するダベンポートの語りと図解で説明されていく魔法のルールに、はじめは戸惑ってしまうかもしれない。だが第1話から最終話までを読み進めていくうち、不思議とそのルールは脳内に浸透してくる。まるでアイテムを得て、それを育てながら、進んでいくような読み心地。それが本作の醍醐味のひとつだ。さらにルールを破ったり、無謀な使い方をしたりすると、術者は恐ろしい代償=「跳ね返り(バックファイヤー)」を受け、次第に動物化していってしまうという、ファンタジーならではの奇想なファクターも隠されている。

コージーな空気感をまとうメイド・リリィがつくり出す世界観

 術者に生えてきた猫耳、フラスコの中の溶液で泳ぐ小さな女の子、オルゴールのような音色で歌う猫……収められた物語のなかには、そんな幻想的な描写がちりばめられている。そして、その謎と向き合う登場人物たちの個性が実にいい味を出している。

 漆黒の魔法院の制服が映えるダベンポートは、常にクールでシニカル。国家公務員でありながら、地位や肩書、時には法にも屈せず、自身のロジックを貫く、ちょっと掴みどころのない男だ。そんな彼にいつもいじられているのが、王立騎士団の中隊長・グラム。かつて隣国との間に起きた魔法戦争時代からの戦友である彼との掛け合いも絶妙だ。さらに、みずからが修復した被害者の葬式に出かけ、その“作品”がどう“評価”されているかを確かめに行く、魔法院の遺体修復士(エンバーマー)の双子の姉妹、ヘレンとカレンの、ちょっとぶっ飛んだ感じもいい。ダベンポートが立ち向かっていく魔法の使い手たちも――。

 そうした多彩な登場人物たちのなかでも、際立っているキャラクターが、ダベンポートのメイド・リリィだ。蜂蜜色のブロンド、大きな青い瞳に上品な唇を持つ乙女は、ダベンポートの心の拠り所。主人がひそかに楽しみにしている夕食をバラエティ豊かに作り、ティータイムも工夫と心を尽くして整えるキュートな心優しいメイドだ。

「ああ、ありがとうリリィ。今晩は冷える。暖かくしておやすみ」など、外ではけっして見せない表情を、ダベンポートがのぞかせるのはリリィにだけ。彼女がまとうコージーな空気と、ていねいに描写された家事からうかがうことのできる古き良き時代の英国生活様式は、魔法陣の謎を読み解く主軸のストーリーと溶け合い、得も言えぬ世界観をつくりだしている。

“魔法で万事解決というのは、物語としてつまらない”。著者・蒲生竜哉の強い思いから生まれたストーリーは、ロジック確かな魔法ミステリーとしての面白さはもちろん、そんなキャラクターたちが織りなすファンタジーで“心と頭が遊べる場所”を一冊の本のなかにつくりだしている。

文=河村道子