最大の犯人は<貧困>――約7人に1人の子どもが貧困に喘ぐ日本での臓器売買をめぐる社会派医療ミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/29

『カインの傲慢』(中山七里/KADOKAWA)

 雑木林に埋められていた少年は、栄養失調状態で、しかも臓器が半分奪われていた――。中山七里さんの最新小説『カインの傲慢』(KADOKAWA)は貧困と臓器売買をテーマとした社会派サスペンスだ。

 少年の体に遺されていたのは、縫合とも呼べないずさんな跡。傷口をふさぐのではなく、内容物が溢れて出るのを防ぐため、とりあえず縫い合わせたというような有様に、事件を追う刑事たちは、義憤にかられる。主人公の犬養隼人が捜査に呼ばれたのは、過去に彼が担当し、やはり臓器を抜きとられ売買されていた「切り裂きジャック事件」の模倣が疑われたから。だが、被害者が中国から観光ビザでやってきた12歳の少年と判明し、やはり少年被害者が続出すると、事件は単なる医療殺人ではないことがわかってくる。

 現在、日本では約7人に1人の子どもが貧困に喘いでいると言われている。2人目の被害者だった中学2年の雅人は、母親と二人暮らし。父親が借金を残して失踪し、自己破産したものの生活のため闇金から借金を重ねていた母を助けようとしていた。3人目の少年・照生は15歳。父親はパチンコにのめりこみ、生活費を稼ぐため働く母は、ストレスからソーシャルゲームに課金する。成績は悪くないのに、給食費すら払ってもらえず、学校に通うこともできずに仲間と悪事に手を出していた。

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 そんな彼らを、周囲の大人は“不良”とみなして、放置する。子どもの貧困は決して特別なことではなくなっているのに、そのたいていが大人の見えない、見ないところで起きていて、追い詰められた少年たちは陽の当たらない場所で稼ぐしかなくなってしまうのだ。そしてそれを、ときに親も黙認しているのだから、ますますやるせない。

 日本に限った話ではなく、最初に発見された建順もまた、親に“売られた”少年だ。犬養の同僚・高千穂明日香は捜査のために彼の故郷を訪れ、一人っ子政策のゆがみや、日本とは異なる倫理観のもとに横行する臓器売買の現実を知る。

〈親はなくとも子は育つなんて、今の世の中では通用しません〉――貧困家庭と非行の現実を知る、刑事の言葉は重い。違法な臓器売買は、まぎれもない悪だ。けれど日中を行きかい、仲介する業者が存在するのは、買い手と売り手の双方が存在するからだ。正規のルートで臓器を待つだけでは死んでしまう人間。臓器を売ってでもお金を手に入れなきゃ生きていけない人間。そしてそれが、自分で成せることには限界のある子どもだったとしたら…。腎不全で入院中、ドナーを待ち続ける娘をもつ犬養は、刑事として、親として、倫理をつきつけられることとなる。

 人類史上、最初の嘘つきであり殺人者でもあると旧約聖書で語られるカイン。だが、本書のタイトルには、あまり知られていない、カインのもうひとつの側面が込められている。アフターコロナでは、子どもの貧困はますます悪化するだろう。どんでん返しの帝王と呼ばれる中山さんらしいラストを、ただのフィクションではなく、現実と照らし合わせながらぜひ堪能してほしい。

 ちなみに本書は犬養隼人を主人公とするシリーズ5作目。シリーズはじめての読者にも問題なく楽しめる構成となっているが、「切り裂きジャック事件」が気になった方はドラマ化もされた『切り裂きジャックの告白 刑事犬養隼人』(角川文庫)を読むといいだろう。犬養が夢にうなされる事件を描いた『ドクター・デスの遺産』(角川文庫)は、11月に綾野剛・北川景子主演で映画化予定。ぜひ本書を入り口に、犬養の過去をたどってみてほしい。

文=立花もも