本格ミステリの王道を理系の思考スタイルで盛りつけました

小説・エッセイ

更新日:2012/6/19

すべてがFになる THE PERFECT INSIDER

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:eBookJapan
著者名:森博嗣 価格:648円

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森博嗣のデビュー作にして、メフィスト賞受賞、そして犀川教授と西之園萌絵探偵コンビシリーズの第一弾でもある。

初めて読んだ時は、なんだか取っつきにくい新しさを感じたものだったが、今回改めて読みなおすと、なんのことはない綺麗に体裁の整った本格ミステリではないか。あの頃の私はなんだったのだろうか。

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たぶん作中でしきりに理系の思考が交わされ、主要登場人物もほとんどが理系の方、という私の苦手極点に這いひろがるオーロラみたいな布陣に、のっけから怯えたからではあるまいか。Windowsもネットもパソコン自作もバリバリだった私が、ユニックスやスクリプトなんて言葉に怖じ気づいていたのであるから。

しかぁし。
いまの時点で読むなら、誰だろうと、怖いものなしである。あなたもきっと、本格推理やサスペンスものにあらわれるさまざまなプロットが縦横に使われていることに気づかれるだろう。おっそろしくなじみ深い、それでいて不可能犯罪の魅力に充ち満ちた世界なのだ。

夏の避暑をかねて、犀川研究室の一行は愛知県の離れ島妃真如島を訪れる。先進的な研究を精力的に進める真賀田研究所があり、天才数学者といわれる真賀田四季博士を過去の忌まわしい犯罪から封じ込めるように隔離していた。研究所の門をたたいた犀川と萌絵の目前で、惨劇が巻き起こる。手足を切られカートに乗せられた死体が四季博士の部屋から出現する。さらにもうひとつ、屋上のヘリコプターに刺殺された副所長の死体が…。

こういう物語の中にちりばめられたおなじみのプロットというと。

十数年の間世間から隔離された天才にして犯罪者。これもう言うまでもなく「羊たちの沈黙」。分かっててもこの仕掛けはワクワクするのである。

四季博士が殺され、しかし室内には人の影がない。ガチガチの密室ものである。しかも手足が切られ、花嫁衣装が着せられているあたりは怪奇猟奇テイスト。

おりしも全館を管理するコンピュータシステムが暴走しダウン。外界への連絡網も絶たれ、ドアひとつ思うようにあけられない。「2001年宇宙の旅」以来の魅力的な設定だ。

そうしてそれらの難問を解決する探偵役が犀川と萌絵となれば、東川篤哉の「放課後はミステリーとともに」にいたるあまたの作品に使われたコンビである。

親しみやすいスタイルを作りながら、けれどなかなか手強いミステリーではある。たとえばメインのトリックは、大胆にもタイトルとされている「すべてがFになる」という言葉の意味がとければほぼつかめてしまう。ところがこれがとけない。とけてみれば「あっ、そうか」てなものである。

諸氏の健闘を祈る。


エピグラフでこういう文書で攻めてくるのだ

モニターごしに親殺しの天才数学者と会話する萌絵。「羊たちの沈黙」を思わせるシーンだ

ウイルスやワクチンに関する会話が飛び交う。いまなら誰でも常識だろうが…

最初の死体の登場は衝撃的である (C)森博嗣/講談社