つい自分に甘く、人に厳しくなっていませんか? 誰もが捨てられない“バイアス”とうまく付き合う

暮らし

公開日:2020/5/31

『「勘違い」を科学的に使えば武器になる 正しい話し方よりも納得される伝え方』(堀田秀吾/秀和システム)

 新型コロナウイルスとの終わりの見えない闘いが続いているが、情報番組で特定の分野のコメンテーターが専門外の医療に関する発言をして、ゲストの医師に訂正されるというシーンを何度か目にした。しかしSNSで検索してみたら、コメンテーターの発言内容を信じてしまっている投稿が見受けられた。なぜ医療の専門家でない人の(そしてときに間違った)医療に関する発言でも、正しいこととして受け止める人があらわれるのだろうか。

 本書『「勘違い」を科学的に使えば武器になる 正しい話し方よりも納得される伝え方』(堀田秀吾/秀和システム)によれば、こういった現象は「一部の特徴を根拠に、ほかの部分についても同様だろうと考えてしまう心理効果」であるバイアス(偏見)の一つ、「ハロー効果」によるものと解説されている。視聴者は「ある分野の専門家であれば、ほかの分野でも専門的な知識を持っているのでは……」と考えしまうようだ。

 言語学博士の著者は「法言語学」という、事件の捜査や裁判で使うことを目的とした言葉やコミュニケーションに基づいた資料(証拠)を分析する分野を研究しているそうで、本書を信頼すること自体がバイアスに囚われているとも云える。なにしろ、「私たちは誤解と勘違いなしで、コミュニケーションできないのです」と記されているくらいだ。だからバイアスを悪いモノとして考えるのではなく、使い方を学んで武器にしようというのが本書のテーマとなっている。

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「怒りの初期衝動」を抑える武器:カッとなったら10秒ガマン

 相手とのコミュニケーションが成立しなかったときは、その理由を相手のせいにする前に、自分がバイアスにかかっているのではないかと考えてみることが重要だという。人間は怒ると神経伝達物質であるアドレナリンやノルアドレナリンが分泌されて興奮するが、4~6秒ほどすれば脳の「前頭葉」と呼ばれる部分が働きだし、冷静さを取り戻すという。前頭葉は、理性的・論理的に物事を考えるのに用いられる部位でもあるため、10秒くらい待てば他人への攻撃性を減らして、コミュニケーションの質を向上できる前提が整う。

他人の発言を操る武器:言葉で人の記憶は変えられる

 脳の働きを測る指標に記憶力があるが、実は「記憶ほど脆弱なものはない」ことを示す心理実験がちょっと、いや、かなり怖い。自動車事故の映像を被験者に見せ、「衝突したとき」と質問したAグループと、「激突したとき」と質問したBグループとでは、Bの被験者のほうがAの被験者たちよりも車は「速いスピードが出ていた」と証言したという。さらに、1週間後に同じ被験者たちを集めて、映像を見せずに「ガラスが割れるのを見たか?」と訊ねたところ、実際の映像では割れていなかったにもかかわらず、両グループとも「割れるのを見た」と答えた人がいて、その人数の割合はBの被験者のほうが多かったのだとか。

聞き手の注意を引く武器:裁判官に学ぶ初頭効果

 言語学では、普通のケースから逸脱していると見られるものを「有標」と呼び、そうでない普通の場合を「無標」と呼ぶとのことで、人間は有標に注目しがちだという。本書では、英語が基本的に結論から話し始めて結論に至る理由を説明する文法なのに対して、日本語は結論が後から語られる構造となっていることから、「日本語の場合、結論を最初に言うと、有標な構造となる」として、裁判の判決文「主文。被告人を懲役3年に処す」というのを例に挙げている。ただし、死刑判決などが出される重大事件の場合には、「主文後回し」になることも考え合わせると、状況によって使い分けるのが良いようだ。

強者にも負けない武器:知的共感と感情的共感

 共感には、思想や意見で一致する「知的共感」と、感情的に同調する「感情的共感」の二つがあるそうで、興味深い研究が紹介されていた。権力を持った経験のあるグループと無いグループとに分け、さらにそれぞれの半分の被験者にサイコロを振らせて出た目に応じた報酬を与えるとしたうえで、出た目の報告を自己申告させる。

 サイコロを振らせた被験者と振らせなかった被験者の双方に「交通費を実情より多く請求するのは、倫理的に許せるか許せないか」を訊ねたところ、権力感で満たされた被験者のほうが厳しい判断をしたにもかかわらず、サイコロを振る課題において嘘を申告する率が高かった。この結果は、権力感を持つと共感力が下がり「自分のおこないについては寛容になる一方、他人のおこないに対して厳しくなる」ことを示している。

 コロナ禍の中、「大丈夫。私は、そこら辺の人よりちゃんとわかっているし、ものが見えている」と考える人は要注意。それは「優越の錯覚」と呼ばれるバイアスにかかっており、上記に挙げたような、自分に甘く人に厳しいような権力感にも通じてしまう。本書によれば、「人類は、生存競争を勝ち抜く手段として、他者とつながり、コミュニティをつくって生きていくという方法を選択」したとされる。なればこそ、仲違いして新型コロナウイルスなんかに負ける訳にはいかない。

文=清水銀嶺