いま必要とされる物語。『魔女たちは眠りを守る』が見せてくれる「魔法」

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/5

『魔女たちは眠りを守る』(村山早紀/KADOKAWA)

 村山早紀。児童書・YAに親しんできた読者にはおなじみの名前だろう。

『シェーラひめのぼうけん』シリーズや『風の丘のルルー』シリーズをなつかしく思い出す人も多そうだ。

 その村山が作家人生で何度目かのピークを迎え、読者層を大きく広げていることはご存じだろうか。

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 2年連続本屋大賞ノミネートをもたらした『桜風堂ものがたり』と『百貨の魔法』により、今や書店員からの支持がもっとも厚いとされる作家の一人となったのだ。

 そんな村山の新作が『魔女たちは眠りを守る』(KADOKAWA)だ。

 古い港町に、黒猫を連れてやってきた赤い髪の娘。彼女の名は、七竈・マリー・七瀬。見た目は十代の少女だが、実は人よりも長く生きてきた魔女。街には銀髪の魔女ニコラもいる。

 魔女たちは、世界中をさすらい、ひとところに長期間とどまることはない。ひっそりと暮らす存在なので、人の子らと親しく交わったり、永続的な関係を築くことは、ない。だが、魔女たちは、人の子らを見守っている。そして、ときどき、自分たちにしかできない特別なやり方で、そっと手を差し伸べるのだ。

 物語はゆるやかにつながる7つのエピソードからなる。魔女との関わりによって、人生に小さな灯りをともされた人間たちの姿が描かれている。

 人を守るといっても、魔女たちは全能ではない。「ただ見守って、やがて地上から消えてゆく」。それが本作の魔女だ。

 魔法が日常に使われ、怪盗怪人怪獣が跋扈し、騎士やヒーローや探偵が活躍する。そんな世界を半ば本気で信じていたのは、いつ頃までのことだろう。

 人は忘れやすい生き物で、 誰もが幼いころには親しんだはずの世界を、簡単に忘れてしまう。

 そんな人のありようが、魔女が存在し続けるのが難しい世界にしているのかもしれない。

 だが、心のどこかには、目の前の世界がすべてではないことを信じたい気持ちがあるのだろう。

 登場人物の一人はこんなふうに言う。

「目に見えることだけが世界じゃなくて、ふだんは見えていないところに、魔法はちゃんとあるんだって信じたかったから」 。

 そのような者たちに応えるのが魔女であり、差し伸べられた救いの手、それがこの物語なのだ。

 あとがきに村山はこう書いている。

「何の力も持たず、歴史を変えられもしない、一本の糸に過ぎないわたしが、誰かのささやかな愛すべき日常に寄り添い祝福し、不幸にして斃れたひとびとにさしのべたかった『腕』が、この物語だったのだろうと」。

 外出もままならず、不安にさらされる日々。他者に優しい目を向ける余裕がなくなってしまっている今ほど、物語の力が必要なときもないだろう。

 村山の新作がこのタイミングで登場したことにも何らかの意味があるのかも、などと思わずにはいられない。この物語によって、誰かに守られているという安心感を得られる読者はきっと少なくないだろうから。

 本作は単に心温まる物語だというだけではない。今だからこそ必要とされる「大人のための童話」なのだ。

文=空犬太郎

【著者プロフィール】
村山早紀(むらやま さき)
1963年長崎県生まれ。『ちいさいえりちゃん』で毎日童話新人賞最優秀賞、第4回椋鳩十児童文学賞を受賞。著書に『シェーラひめのぼうけん』(童心社)、『コンビニたそがれ堂』『百貨の魔法』(以上、ポプラ社)、『花咲家の人々』『竜宮ホテル』(以上、徳間書店)、『桜風堂ものがたり』(PHP研究所)、エッセイ『心にいつも猫をかかえて』(エクスナレッジ)などがある。