“死にたい少女”をつけ狙う罠。自殺の闇に挑む、衝撃のノンストップ・ミステリ

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/30

『銀色の国』(逸木裕/東京創元社)

 ノベルの語源は“新奇なもの”を意味するイタリア語・novellaであるという。第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞したデビュー作『虹を待つ彼女』以来、先端テクノロジーと人間との関わりを描き続けてきた逸木裕氏は、まさに“新奇な”ミステリの紡ぎ手と呼ぶにふさわしい人材だろう。

 待望の新刊『銀色の国』(逸木裕/東京創元社)においても、近年話題のVR(ヴァーチャル・リアリティ)を正面から取りあげ、ページ上に現在の風景を鮮やかに浮かびあがらせている。

 あらすじを紹介しよう。主人公・田宮晃佑は、自殺志願者に救いの手を差し伸べるNPO法人〈レーテ〉の代表として奔走していた。ある日彼は、旧友の市川博之が自殺したと知り、ショックを受ける。人間関係にも健康状態にも問題がなかったという博之は、なぜホテルの屋上から身を投げたのか?

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 晃佑は部屋に残されていたVR用のゴーグルと、博之の姉の証言から、自殺を誘発するゲームの存在を疑うようになる。調査を進める晃佑だったが、その行動は〈レーテ〉の他のスタッフとの間に亀裂を生んでゆく。

 一方、自傷行為をくり返し、ツイッターの病み垢(病みアカウント)で自殺願望をつぶやいていた浪人生の外丸くるみは、あるフォロワーから風変わりな自助グループ〈銀色の国〉の存在を知らされる。傷ついた人々が集い、苦しみを分かち合うその空間に、居心地の良さを覚えてゆくくるみ。しかし楽園のように思えた〈銀色の国〉には、おそろしい裏の顔があった…。

 命を救おうとする晃佑と、死に惹かれているくるみ。並行して語られる2つの物語は、サスペンス色を強めながら、衝撃のクライマックスへと突き進んでゆく。詩織という孤独な女性を描いたプロローグから、物語は読者の心をぐっと掴んで離さないが、とりわけ後半100ページの展開は圧巻。複数のピースを組み合わせ、予想もつかない構図を作り出すストーリーテリングには、ミステリファンも大満足だろう。

 しかもその事件の推移には、2020年代のリアルが密接に絡みついている。本作で扱われている事件は10年前、いや5年前でも起こることはなかったものだ。先端テクノロジーを巧みに物語に取り込んだ本作は、CGを駆使したハリウッド映画のように、情報の奔流で私たちを酔わせてくれる。

 とはいえ、『銀色の国』は決して表面的な目新しさだけを追いかけた作品ではない。物語の底には、「自殺」という普遍的で、だからこそ現代人にとっても他人事ではない問題が横たわっているからだ。

 ――最近、思うんです。死にたいって。
 頭が真っ白になった。生まれて初めて、面と向かって言われた「死にたい」だった。
 死ぬことはない。生きていれば、きっといいことがある。禍福は糾える縄の如し、もっと人生のいい面に目を向けなよ。用意していた前向きな言葉は、たった四文字にすべて吹き飛ばされた。
 死にたい――そんな絶望に対し、自分は何を言えばいいのだろう。

 目の前で発せられた「死にたい」という一言に、私たちはどう答えるべきか。この晃佑の問いかけは、本作全体の通奏低音でもある。晃佑以外のキャラクターもそれぞれの立場で、死について考え、悩み、自分なりの答えを見つけようとする。その陰影に富んだ人間ドラマが、作品をより骨太なものにしている。

 これまで逸木裕氏の作品をフォローしてきた読者はもちろん、これが初めてという人もまずは手に取ってみてほしい。“手に汗握るノンストップ・エンターテインメント”はこれまでにも数多く書かれているし、登場人物の痛みや孤独に寄り添った人間ドラマも文学作品の得意とするところだ。逸木裕氏はこの2つを見事に両立させてしまう書き手である。『銀色の国』はその才能と初めて出会うのにぴったりの快作だ。

〈銀色の国〉で待つのは救いか、絶望か。その答えはあなたが出してほしい。

文=朝宮運河