『美食探偵』東村アキコ先生が描く異色の起業ファンタジーが笑えて泣けてタメになる!

マンガ

公開日:2020/5/31

『稲荷神社のキツネさん』(東村アキコ:作画、町田真知子:原作/光文社)

『海月姫』、『東京タラレバ娘』、『偽装不倫』と、作品が次々にテレビドラマ化され、現在『美食探偵 明智五郎』の放送も話題となっている漫画家の東村アキコ先生。どんなテーマを描いても、パワフルでテンポ良く進む展開に心が踊るのはもちろん、読者の心にピッタリ寄り添う温かな励ましが感じられる数々の物語に、すっかりファンになった人も多いはずだ。

 そんな東村先生が、異色の「起業」ファンタジー『稲荷神社のキツネさん』(東村アキコ:作画、町田真知子:原作/光文社)を描き下ろしたことはご存じだろうか? 本作は、原作を神託コンサルタントの町田真知子氏が担当。実話をもとに、「才能」や「お参りの方法」、「お金儲け」について、稲荷神社のお使いの白狐が、悩めるサラリーマンを相手に、レクチャーするマンガである。

 主人公は、都内の旅行代理店に勤務する独身サラリーマン・井上正助(34)。旅行とグルメ・食べ歩きが大好きでこの仕事に就いたものの、安月給の上、やりたいことはさせてもらえず、苦悩の日々を送っていた。そんなある日、先輩と憂さ晴らしで訪れた京都の稲荷神社で、「いいことあるから上までおいで」と囁く不思議な白狐と出会う。幻覚を疑いながらも、キツネに誘われるまま、稲荷山の頂上まで登る2人。やっと辿り着いた頂上で、正助は奮発して100円のお賽銭を入れてお参りしようとするのだが、その瞬間キツネに「キミの願いは百円で叶うような安物なのかい?」と止められる。そして、

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「ボクはこの稲荷神社のお使いの白狐! 亡くなったキミのお爺さんにくっついてたキツネだよ キミはおじいさんと違ってぜんっぜんお金儲けができてないね」

と切り込まれるのだが――!?

 本作は、商売の神様の使いであるキツネが、「お金持ちになりたい」「好きなことを仕事にしたい」という野望があるものの、会社を抜け出す勇気がなく、不満だらけの環境に安心感さえ抱いてしまった正助の人生を動かす様子が描かれている。

 例えば、個人的に印象に残ったのは、「才能とは頑張らなくてもできること」だとキツネが正助に伝えるところ。旅とグルメにまつわる情報収集能力は誰にも負けず、実際に正助の組んだ旅のプランは周囲にも好評なのだが、彼は、それはただの趣味の延長だと思っていた。彼は後に、その“才能”を用いて起業することになるのだが、苦手なことほど懸命に努力しなければならないと思い込んでいた筆者には、目から鱗の考え方だった。

 また、キツネが参拝の作法を詳しく説明するシーンが役立つのはもちろんのこと、人は神様に参拝することで、他ならぬ自分自身を信じ、自分に向き合う瞬間を持つことができる…ということにも驚いた。目標に向かって懸命に努力したあと、厳かな雰囲気の神社で参拝し、自分自身にも誓いを立てることで、気が引き締まり、より一層の力を出せるのかもしれない。

 他にも本作は、嫉妬心が湧きやすいSNS時代、その厄介な感情にどのように対処するかということや、羞恥心を捨てて、苦手分野を他者に頼ることの大切さにも触れている。

 本作では、苦しい方向に努力を続けるのではなく、時には楽しみつつ肩の力を抜きながら、目標を達成する方法が説かれている。ビジネスパーソンだけでなく、理想の生活を叶えたい方々にも読んでほしい、愛らしく聡明なキツネが印象的な、とても素敵なマンガである。

文=さゆ