「今月のプラチナ本」は、伊藤比呂美『道行きや』

今月のプラチナ本

2020/6/5

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『道行きや』

●あらすじ●

カリフォルニアで男と暮らし、子どもを育て、介護のために日本と行き来、父母を見送り、夫を看取り、娘と離れて日本に帰国。現在は、仕事のために熊本と早稲田を行ったりきたりする日々。漂泊しながら生き抜いてきた、伊藤比呂美が見ている景色とは――。女たちの暮し、故郷の自然、一頭の保護犬、河原の古老、燕や猫やシイの木やオオキンケイギク、そして果てのない旅路に吹く風……。人生いろいろ、不可解不思議な日常を書き綴る、珠玉のエッセイ集。

いとう・ひろみ●1955年、東京都生まれ。78年、『草木の空』でデビューし、80年代の女性詩ブームをリードする。結婚・出産を経て97年に渡米した後には、熊本に住む両親の遠距離介護を続けていた。99年、『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2006年、『河原荒草』で高見順賞、07年に『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞、08年に同作で紫式部文学賞を受賞。15年には早稲田大学坪内逍遙大賞、19年は種田山頭火賞を受賞している。『良いおっぱい 悪いおっぱい〔完全版〕』『女の絶望』『女の一生』など著書多数。

『道行きや』書影

伊藤比呂美
新潮社 1800円(税別)(税別)
写真=首藤幹夫

編集部寸評

 

あたしはまだ生きてるんだ!

何年も何年も生きているうちに、いろんな人・物・場所と別れ、一人になっていく。しかし、それらを完全に失ってしまうわけではない。空の青さ、ツバキの花、父と夫がくり返す「口を大きくあけてはっきりしゃべってくれ」、さまざまな断片を自分の中に記憶している。折にふれ、脳裏によみがえる。本書の表紙には、タイトル『道行きや』の下に「Hey, you bastards! I’m still here!」とある。去っていったものたちに「あたしはまだ生きてるんだ」。孤独だが力強い宣言が、読者の胸に残る。

関口靖彦 本誌編集長。本書では「燕と猫」に描かれた、日没前の風景が忘れがたい。落ちるように降りてくる無数の燕。伊藤さんの記憶が自分の記憶になる。

 

いろんな場所と、いろんな人々

アメリカやポーランドといった文化の違う国々で生活し、日本に帰ってきてからは熊本、東京を行き来する。そんな伊藤さんのフットワークの軽さに憧れる。そしてその土地土地で出会った人たちとの関係性にも。私は海外旅行は好きだけど、家はもっと好きで正直気を抜くとずっと引きこもってしまうような質なので、大人の女のアクティブな人生をただただ楽しんで読んでしまった。出会いだけでなく別れにも味がある。ドラマには行動しないと出会えないんだよ、と言われているようだった。

鎌野静華 在宅勤務が増えたこの数カ月。外食も難しいので、いつもは作らないタコライスやらフムスやらおいなりさんやら……やたらと料理をしていました。

 

熟成のむき出し

山折哲雄が出てくるまで、すっかり小説だと思って読んでいた。「国を離れて二十数年(中略)今はまったく浦島である」。装丁も相まってか、赤褐色の大地を闊歩するイメージが流れ込んでくる。カッコいい。ずんずん進んで、河原のシーン。「犬を抱いて、流れをみつめる」。このワンちゃんが後に事件を引き起こし、みつめ癖のある著者が物を失くしまくる姿は、腹立たしいほど読者の一部でもある。漂泊も忘却も、生のある限り続く。そのままならなさを引き受けるのが人生、なんですね。

川戸崇央 とある書店のバックヤードから「●●●●の攻略本、違う店に配送されたみたいですよ!」「なにー‼」という叫び。大変だけど楽しげであった。

 

老いと生と死、そして緑と動物のにおい

この春の自粛生活中、自分は一人暮らしでもあるので、なぜか一人で死ぬことなんかを考えてしまっていた。そんな最中に、夢中でむさぼるように読んだのが本書だった。強烈に感じたのは漂流(憧れでもある)と、老いと生と死と、そして緑と動物のにおい。漂流以外は今の私にもあるものだけれど、冷静でもあり独立した著者の時間が綴られた強い詩のような、でも孤独ともどこか違うような文章を読むと力が湧き、心地よく、そして装丁も素晴らしくてずっと手元に置いておこうときめた。

村井有紀子 「~そばにあった本」特集担当。星野源さんのページにありますが「いのちの車窓から」無料公開、ダ・ヴィンチニュースで6月末日まで読めます!

 

あれもこれもなくしてしまう道行きや

父母を見送り、夫を看取り、娘も離れてひとりになった詩人が、犬と共に暮らす日々。「長い行き来の間に、あれもなくし、これも落とし、どこかになにかを置き忘れて、そういう業みたいなものが、染みついて離れないようにしか思えないのである」。ひとつの場所に留まらず、居場所を移し続ける道行きには、つねに別れがある。伊藤さんはその別れを否定も肯定もしないで、失くしてきた声を書きとめる。その声が重なって、読んでいる私が失くしてきた声と似ているように聴こえてくる。

西條弓子 人生でほとほと困ったときに伊藤比呂美さんの本を読んできた。『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』は読みすぎてこのまえ本が崩壊した。困りすぎだ。

 

荒野を歩く

英語と日本語。古老と学生。東京と熊本、さらにはロンドン、ワルシャワ。異なるフィールドを行き来する著者が綴る日常のスケッチが、だんだん詩情をまとっていく掌編集だ。たとえば「荒野にモノレール」は、夏休み明け、大学で講義をしたくないという、きっと誰もが一度は感じたことのある気持ちから始まる。行きたくない理由を次々とあげていき、アメリカの乾いた荒野を懐かしんだあと、〈日本人の荒野の生活〉を思い出す。重なる荒野のイメージが、凛とした著者の姿勢を物語る。

三村遼子 スタバネームの話も好きです。私はオーストラリアの短期ホームステイ先で正しく発音してもらえず、しばらくキョートと呼ばれていました……。

 

漂泊する人生の醍醐味

本書を読み終えたとき、孤独を紛らわすための材料を大事に抱えているだけでは見えない景色があることに気づかされた。私は自分の存在が揺らぐことが怖い。居場所や所属が変わることも、自分の確固たる何かが失われるようでひどく恐ろしく感じる。しかし、人や動物、自然との出会いや別れを繰り返し、漂泊しながら生きてきた著者ならではの〝気づき〟を通して、移ろうからこそ広がる世界、見える本質があるのだと思った。きっとそうした経験が人間としての幅を広げていくのだろう。

前田 萌 最近、新しいスマホゲームを始めました。暇な時にやるはずが、いつの間にかゲームのために時間を作るように……。やりすぎには注意します……。

 

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