刑務所に衣食住を求めて犯罪をくり返す老人。急速に「福祉施設化」する刑務所の実態

社会

公開日:2020/6/3

『ルポ 老人受刑者』(斎藤充功/中央公論新社)

 格差が広がりつつある今の日本では、高齢者も上層階級と下層階級に二分化され、優雅な生活を送る高齢者がいる一方で、日々の生活にも困窮し社会的弱者となっている高齢者もいる。高齢人口の増加に従い、高齢者の犯罪も増えている。かつて少年犯罪の看板罪名であった「万引き」は今や老人犯罪の主役として位置づけられており、日本の刑務所に収容されている65歳以上の受刑者は年々増加。特に70歳以上の受刑者が急増し、高齢者の再入所率は7割を超えているという。
 
 なぜ、彼らは刑務所に戻ってきてしまうのか。それを解き明かすのが『ルポ 老人受刑者』(斎藤充功/中央公論新社)だ。本書は、社会から見捨てられてしまった高齢受刑者たちの過酷な状況に迫るノンフィクションだ。

刑務所が福祉施設化している?

 高齢者の犯罪が増加している大きな理由は、刑務所が「衣食住」を保証してくれる場所となっていること。困窮した高齢者にとって、刑務所はいわば“最後の居場所”。そのため、出所後に帰住先がなかったり就労先が見つからず生活に困窮したりすると、再び罪を犯してしまう。日本の刑務所は今、福祉施設化しているのだ。

 そして、その負担は刑務官に押し寄せる。高齢者は加齢と共に心身の機能が減退していくため、刑務所内での生産作業に従事したり、規律を守ったりすることが難しくなり、特別なサポートも要する。実際に、栃木県にある黒羽刑務所では、精神上の疾患や障害のある高齢受刑者が「養護工場」という施設で、生産作業とは異なる“指の運動”に励んでおり、刑務官は薬の服用を見届けたり、入浴を介助する必要があるため、刑の執行よりも介護に忙殺されているという。

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老人受刑者の問題は他人事ではない

 こうした問題を解決するには、出所後に生活困窮者となり再び塀の中に戻らないよう、前歴があっても生活が成り立つような基盤を地域と連携して築いていくことが理想的だが、課題は多い。例えば、帰住先のない出所者を一時的に受け入れ、就労支援する「保護会」も難しい問題に直面している。

 出所者の社会復帰をサポートする保護会は高齢者の再犯を防止するためにも必要不可欠な施設だが、開所する際には近隣住民から反対の声が上がることも多く、長期的な説得を試みなければならない。必要性は認めるけれど、刑務所を出た人が近所に住むことには抵抗感がある…。そんな住民の複雑な心境は多くの人に共通するといえるため、施設側は迷惑がかかりそうな者は入寮できないように対策を取っているという。しかし、そうすることで浮かび上がってくる新たな問題もある。施設には収容人員に応じて国から委託費が支払われるため、入寮者の選別によって収容人員が少なくなると、経営が苦しくなってしまうのだ。現に、施設の中には寄付金や地域の慈善団体からの協力金で不足分を賄っているところもある。

 こうした問題は国や刑務所が考えるべきことであって、直接私たちに関係ない話だと思うかもしれない。だが、運営には地域住民の協力が必要であるため、出所者を迎え入れる私たちも共に考えていかなければ、解決への道は開かれない。

 車いすやシルバーカー、バリアフリーの設備、紙オムツなどが必要な高齢受刑者には、健常な一般受刑者よりも多くの収容費がかかる。コスト的な視点から見ても福祉施設化する刑務所問題は、納税者である私たちにとって他人事ではないのだ。

 本書にはこの他にも、再犯に走ってしまった受刑者が語る談話や、刑務所で勤務する社会福祉官や、高齢犯罪者の権利保障と社会復帰をテーマに刑事政策の分野で研究に取り組む法学者などの声も収められている。「塀の中の介護問題」を考察する本作は、老人問題を塀の中と外の両方から検証する1冊。老後格差が叫ばれる今こそ手に取ってほしい。

文=古川諭香

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