東京オリンピックを妨害する! 哀しきテロリストを描いた社会派サスペンス

小説・エッセイ

公開日:2012/6/15

オリンピックの身代金 上

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : KADOKAWA
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:奥田英朗 価格:756円

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昭和39年、東京はオリンピックに沸いていた。高度経済成長まっただ中、官民揃って盛り上がっていた開会前2ヶ月のある日、警察関係者の自宅や寮で小さな爆発事件が起きる。そして警視庁には、「東京オリンピックのカイサイをボウガイします」「オリンピックはいらない」という脅迫状が届いた。果たして犯人の目的は何なのか? 警察vs.爆破犯人の攻防が始まる。

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まず時代の空気がすごい。新しい文化や商品がどんどん入ってきていたこの時代の、一種浮かれたような熱と狂乱が凝縮されている。小道具、社会背景、風俗、そして登場人物のファッションや言葉遣いなど、この時代を知っている人にはある種の気恥ずかしさを伴う懐かしさに満ちている。そして若い読者には、折からの昭和30年代ブームとも相まって、きっと新鮮に移るに違いない。

だがしかし、決して「オリンピック万歳」の話ではない。爆破犯人は早い段階で明らかになる。いや、むしろ犯人が主人公だといっていい。犯人は東北の寒村出身者だ。彼はある出来事をきっかけに、東京と地方の格差について考え始める。東京で若い夫婦が団地に住み、レストランでハンバーグを食べ、東京タワーから絶景を鑑賞しているとき、地方では一度も地元を出ることなく、ハンバーグなど一度も口にすることなく、働く場所もなく、戦前と何ら変わらない生活のまま一生を終える人たちがいるのだと。その思いがなぜ爆破という行為につながるのが、それが前半の読みどころ。

本書は警察とテロリストの戦いを描くサスペンスであり、追いつめたと思ったら逃げられたり、逃げたと思ったら見張られていたりというドキドキハラハラが息をもつかせぬ展開に読み始めたら止まらない。それは間違いない。しかしそれだけではなく、東京と地方の格差、高度経済成長を享受できる者とできない者の格差を描いた社会派小説である。そしてその部分は、凄まじい痛みを読者に与えるのだ。いつしかこの悲しきテロリストを応援している自分に気づくだろう。

今年はオリンピックイヤー。昭和39年の東京大会は単なるスポーツの祭典というだけではなく、敗戦国・日本が終戦からわずか19年でオリンピックを開けるまでに復興し、国際社会の仲間入りを果たすという〈再生のシンボル〉でもあった。そしてその影には、オリンピックを成功させるべく頑張った人々がいた一方で、きれいごとでは済まない突貫工事の犠牲になった人々がいた。そんな半世紀前の日本に思いを馳せながら、本書を読んでみてほしい。

ところで紙の本同様、電子書籍も上下巻になっているが、これは紙の本に倣った方が作りやすいという事情があるのだろうか? せっかく嵩張らないのが利点の電子書籍なので、ファイルを分けない方が読みやすいと思うのだが…。


上巻の表紙は聖火ランナー。タブレット端末でも画面いっぱいの大きな表紙画像が出ます

下巻は聖火台。もしかしたら、ここが爆破されるのか…?

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