生きにくさを感じるあなたへ!「恋」をめぐる新感覚ミステリー「恋を知らぬまま死んでゆく」

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/14

『恋を知らぬまま死んでゆく』(捺:著、雪下まゆ:装画/KADOKAWA)

 10代というのは、どうしてあんなに生きにくいんだろう。自分は正しいと思いこんでいるくせに、友達の一言で世界の終わりが訪れ、恋をしてないと息ができず、むくむく変化していく身体が憎らしかった。ティーンエイジャーの青春物語はいつの時代もみずみずしい魅力とともに描かれてきたけれど、実際の10代というのは独りよがりな懊悩に満ちて、苦しくしんどいものだったりする。「恋を知らぬまま死んでゆく」は、そんな綺麗な物語で片付けられない、10代の煩悶を描いた作品だ。

 高校三年の九月最後の金曜日、魚住聖良の携帯にはいとこであり幼馴染の鵜飼菜々子から謎めいた留守電が残されていた。「失恋した。この気持ちは聖良ちゃんにはわからないよね」。突風のような轟音にかき消されたノイズまみれのメッセージを残し、菜々子は海で死んでしまう。事故?自殺?……失恋って? かつては仲が良かった聖良と菜々子だが、とあることがきっかけで今や同じ高校に通っていても目を合わせないほど疎遠になっていた。にも関わらず、まるで遺言のようなメッセージを受けたとった聖良は、菜々子の死の真相を知りたいと考えるようになる。菜々子は失恋したせいで自ら死を選んだのだろうか? けれど、聖良にはその気持ちを理解することができない。なぜなら、聖良は「恋」をしたことがないから。

「ーーだったら、実際に恋をしてみればいいだけのこと」

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 そう決心して、自分に想いを寄せている同級生の男子・青井に事情を話し、聖良は青井と恋人ごっこをしてみることにする。

 大型犬みたいに聖良への気持ちを全身で表す青井と、下の名前で呼ばれることにすら抵抗があり「付き合うってなにするものなの?」状態の聖良のデートは、かなりちぐはぐだ。青井の、なんとか会話を続けようとして突拍子もないことを言ってしまったり、ちょっと体がくっつくと耳まで赤くなる様子がとにかく可愛い! 恋の始まりのキラキラが詰まっていて、読んでいるこちらも思わず「きゃー!」っと赤面してしまう。

 その一方で、恋愛のスーパービギナー聖良は、自分と相手の間に起こること一つ一つに立ち止まる。「デートってなにするもの?」「恋って、相手の顔が好みだと始まるものなの?」「なんでみんなペアリングが好きなの?」などなど……。彼女が疑問にぶつかるたびに、読んでいるこちらも「そういえばなんでだろう?」と恋愛にまつわるいちいちを改めて見つめ直すことになる。彼女の目を通して見る「恋」は新鮮な発見と、痛みに満ちている。

 対して、菜々子はとても人間らしい女の子だ。好きな人に好きになってもらえないことに思い悩み、ムカついたらブチ切れて、叫ぶわ物を投げるわとにかく感情の振れ幅が大きい。成績も運動も自分より上の聖良に、嫉妬と憧れの混ざったドロドロした思いを抱いている。しかし、なんてやつだ、とは思えない。だって菜々子のこの感情が、手に取るようにわかるから。そしてそれは私だけではないと思う。

 物語の中盤から重要な役割を果たすのが、菜々子の元彼であり、どこかつかみどころのない美少年・三原だ。彼はミステリアスで中性的な魅力があり、常に彼女がいるタイプ。しかし、実は三原も自分から「恋」をしたことがないという。「恋愛感情」がわからないせいで人間関係を引っ掻き回すことが多く、学校では男女かかわらず敬遠されていた。聖良は、共通点を持つ三原に「恋」の相談をするようになる。しかし、聖良は青井と肉体的に近づいていけばいくほど、そこに「透明な断絶」があることに気がついてしまう。青井を傷つけるとわかっていても、恋愛が起こす激しい感情の高まりを「わけがわからない」「気持ち悪い」と感じる。自分がその感情を持てないこと、共感できないことに悩む聖良の様子は痛ましい。果たして、聖良は「恋」を知ることができるのか。菜々子の死の真相はーー。

 聖良と三原を通して見えてくるのは、私たちの社会で「恋愛」は必須科目とされている、ということ。それと同時に、私たちが他人との間で築ける特別な関係は「恋愛」だけではないということだ。聖良が青井に抱く「好き」という気持ちを、「それって恋じゃん」と言ってしまうことは簡単だろう。でも、人間の感情は、もっと複雑で割り切れないものでできている。そして何より他人に規定されるものではないはずだ。この作品は、誰かと特別な関係を結ぶ方法が「恋愛」だけではないということを教えてくれる。

 他人と本当にわかり合うなんていうことは、そもそも不可能だ。それでも私たちは誰かと繋がりたくて「透明な断絶」に挑まずにはいられない。だけど、もし、相手に受け入れてもらえなくて、苦しくて、自分を投げ出したくなったなら、焦らずまずはこの本を読んで、温かいお茶でも飲んでみよう。きっと、あなたの心に寄り添い、新鮮な風を通してくれるはずだ。

文:佐々木文旦(ささき・ぶんたん)