凄惨な電車事故現場近くに現れる幽霊の正体は…? 亡くした人にもう一度会える電車をめぐる群像劇

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/25

『西由比ヶ浜駅の神様』(村瀬健/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 この世にどうやっても取り返しのつかないことがあるのをはじめて知ったのは、身近な人が突然死んだ時だった。「どんなこともやり直せる」という言葉は、死という現象だけには当てはまらなかった。「どうすればあの人は死なずに済んだのか」と考えても、現実を変えることはできない。「突然死ぬだなんてあんまりだ」と本人を罵倒することもできなければ、「今までありがとう」と感謝を伝えることもできない。でも、何度でも願ってしまう。もう一度だけで良いから、あの人に会いたい。もう一度だけ最後に話がしたい、と。

 村瀬健氏による『西由比ヶ浜駅の神様』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)は、遺された人たちのそんな思いを物語にしたような作品だ。亡くなった人にもう一度会えるとしたら、あなたは何を伝えるだろうか。大切な人を喪った経験がある人はもちろんのこと、そんな経験がない人でも、この物語は強く心に響くだろう。

 舞台は、鎌倉。春一番が吹いた3月のある日、東浜鉄道・鎌倉線の快速電車が脱線事故を起こした。猛スピードで線路を外れた車両は、鎌倉生魂神社の鳥居をかすめ、山間の崖から転落。乗客127名のうち、68名が亡くなる大惨事となった。事故から2カ月ほど経った頃、事故現場の最寄り駅である西由比ヶ浜駅に女の幽霊が出るとの噂が流れ始める。なんでも、その幽霊は雪穂と名乗り、彼女に頼むと、過去に戻って事故当日の電車に乗ることができるというのだ。

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 だが、この幽霊電車に乗るにはいくつかのルールがあるらしい。まず、亡くなった被害者に、もうすぐ死ぬことを伝えてはいけない。それに、亡くなった被害者に会っても、現実は何ひとつ変わらない。何をしても、事故で亡くなった者は生き返らない。何より、西由比ヶ浜駅を行き過ぎるまでに、どこかの駅で降りなければ、幽霊電車に乗り込んだ人も事故にあって死んでしまう。そんなルールを聞いても、遺族たちは、誰もが皆、自分の大切な人に会いに行く。婚約者を亡くした女性。父親を亡くした青年。片思いの人を亡くした少年。事故を引き起こしてしまった運転手の妻…。彼らは愛する人と再会した時、どんな思いを伝えるのだろうか。

 人の運命とはなんて残酷なのだろう。大切な人を突然喪った遺族たちの打ちひしがれた姿に胸が痛む。不思議な幽霊電車に乗ったからといって、何も現実は変わらない。だが、遺族たちは大切な人に会いに行かずにはいられないのだ。最後に感謝の思いを伝えたいと思う人もいれば、一緒に死ぬことを願う人もいる。どの遺族たちも、愛する人と再び会い、話をすることで、喪った人がどれほど自分のことを気にかけてくれていたか、気づかされていく。

 過去はどうやっても変えられない。だが、きっと未来を変えることはできるはずだ。大切な人を喪っても、私たちの日常は続いていくのだ。この物語には、やりきれない思いを抱えるすべての人を救うようなあたたかさがある。涙なしには読めないこの優しい物語をあなたもぜひ手にとってほしい。きっとあなたの心の傷をもそっと包み込んでくれるに違いない作品。

文=アサトーミナミ

『西由比ヶ浜駅の神様』作品ページ