警察にそんな部署が!? 愛しき生きものを犯罪から守る「警視庁 生きものがかり」の実態

マンガ

公開日:2020/6/23

『警視庁 生きものがかり』(福原秀一郎/講談社)

 警視庁には、希少動植物の密売などを取り締まる「生きものがかり」という専門部署が存在する(「生きものがかり」の正式名称は別にある)。

 この生きものがかりを立ち上げた「動物のお巡りさん」こそ、現役警察官の福原秀一郎さんだ。生き物が大好きで、自宅でカメを大量に飼っているらしい。

 福原さんが生きものがかりとして、「レッサーパンダを動物園から盗んで密売した犯人はどこのどいつだぁ!」と闘い始めたとき、警視庁内部からこんな陰口がもれた。

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「動物の事件に関わる捜査など警察のする仕事か」

 警察の花形は、殺しの捜査や薬物事犯者の逮捕。人間と言葉を交わすことのできない動植物を相手に、一生懸命になって何の意味があるのか。福原さんの奮闘を冷ややかに見る同僚もいた。

 しかし日の当たらない部署でも福原さんはコツコツと活動を続ける。そして今では「警察功労彰」や「警視総監特別賞」を授与され、希少野生動植物密売捜査において全国で唯一、警視庁察指定広域技能指導官に指定された。

警視庁 生きものがかり』(福原秀一郎/講談社)は、そんな生きものがかり事件簿と福原さんの刑事魂の軌跡を描く。その模様を少しだけご紹介したい。

業界の頂点に立つ男を詐欺罪で逮捕せよ!

 麻薬を密売する犯罪者が独自の仕入れルートを築くように、希少動物を密売して儲ける犯罪者も独自の仕入れルートを築く。今から約15年前、ペット業界に亀山(仮名)という業界の頂点に君臨する男がいた。ところが裏で希少動物の密売に手を染めており、関西ルートと呼ばれる密輸ネットワークにも関わっていた。業界トップのくせに、風上にも置けないやつだ。

 福原さんはこの関西ルートを壊滅するべく、亀山の逮捕に乗り出す。立件する事件は、世界で一番美しいとされる希少なカメ「ホウシャガメ」を違法に販売した罪だ。

 この事件は少々難しいので、詳細は本書に譲りたい。ポイントは、この亀山が大変な知能犯で、福原さんを非常に手こずらせたこと。ホウシャガメは希少な種なので、環境省に登録しなければならない。そのため輸入や繁殖が煩雑になる。そこで密売者たちは、このカメを密輸してマニアたちに50万円くらいで売りさばく楽ちんな方法を選ぶ。ところが業界トップの亀山は別の方法を思いついた。

 環境省の登録票を拝借して、めちゃ精巧なニセ繁殖データを記述。それは専門家が鑑定しても「受理せざるを得ない」出来栄えのため、密輸・繁殖した違法ホウシャガメが、正規の手続きを踏んだ(ように見える)クリーンなホウシャガメに生まれ変わる。正規の値段で販売すれば、なんと100万円以上! この方法で亀山は大儲けしていた。ホント風上にも置けないやつだ。

 福原さんは「違法なホウシャガメを、正規の個体だと顧客に偽って販売した」詐欺事件として亀山を逮捕。ところがここからが大変だった。

取り調べで亀山と大激論を交わす

 いかんせん環境省の登録票は完璧な仕上がりのため、詐欺として立件するには亀山に罪を自白させるしかない。そこで福原さんはある方法を思いついた。なんと自らカメに関する専門知識を仕入れ、取り調べで亀山にぶつける算段である。

 そこで当時爬虫類研究の第一人者であった千石正一先生に話を聞きに行き、勉強を重ねる。そして取り調べで亀山と対峙! その激論が以下である。

福原:ホウシャガメはオキシトシンを打って産ませた、となっているけど、そんなんじゃ産まないよな?

亀山:いや、産むよ。福原さんはカメのことをよく知らないのにそういうことを言うな!

福原:いやいや、産まないよ。亀山がそんなことを言っていた、なんて広まったらあんたが笑いものになるから。

亀山:それは違うよ、そんなのはぜんぜん間違った情報だから、反対に福原さんが恥をかくからそれは言わないほうがいいよ!

 このように取調室で大激論を交わしたのである。亀山は、「専門的な話なので取り調べは楽しかった」と述べており、福原さんも「人生で最も面倒くさい被疑者」と評価しているあたり、なかなかふてぶてしい犯人像が思い浮かぶ。しかし最終的には福原さんの執念に負け、亀山は自白を始めた。

 これにてペット業界のトップが罪を認めて塀の中に送られるわけだが、実は密売の巣窟「関西ルート」が壊滅したわけではなく…。このあと福原さんは、なんと別の被疑者を捕まえにタイへ飛び、ベトナム沖の公海の上空、飛行機の内部で共犯者を逮捕することになる。「生きものがかり」という名称は可愛らしいが、やはり刑事さんは大変だ…。

 なぜ福原さんは生きもの事案の捜査を続けられたのか

 本書は、希少動物の密売事件を刑事魂で解決する、生きものがかり事件簿をいくつも紹介している。それらは読み応えがあり面白いのだが、一方で本書の随所で見られる福原さんの生き様もなかなか興味深い。

 冒頭でも述べたように、生きものがかりが誕生して間もない頃は、同僚からの冷ややかな視線を浴びていた。希少な生き物が密売された事件が起きても、当時の上司から「ほかの事件をやれ!」と命令されてしまうほど。福原さんが「将来的には関東に及ぶ事件になりかねません。なにより世界的な希少動物を放置できません」と食い下がろうものならば、あろうことか、1週間ほど捜査チームから外される始末。このときばかりは辞職を考えたそうだ。

 そもそも福原さんが生き物に関する犯罪を取り締まり始めたのは、まだ警察官として若かりし頃、当時の上司に言われたこの言葉にある。

「私服(警官)になった限りは十八番をつくれ! 何でもいいから、これだけは誰にも負けないという得意技を持て!」

 なんだか私たちの人生にも通ずる名言めいたものを感じる。それがなかなか見つからなくて世の職業人はみんな泣いているわけだが…。

 この言葉をきっかけに、福原さんは「生きもの事案」を探し、コツコツと活動を続けた。しかし生き物に関する犯罪には、どうしても専門知識が必要になる。たとえば盗まれたレッサーパンダが密売され、ある購入者の手に渡っていたとして、そのレッサーパンダが「盗まれた個体と同一である」ことを証明するのは、専門知識がないと不可能だ。

 またそのレッサーパンダは「生きた犯罪の証拠」であり、何があっても大切に保護しなくてはいけない。さらに希少動物になるほど世話に手を焼く。

 そんなとき福原さんは動物学者や動物園関係者など、専門家を頼った。すると専門家たちは福原さんを「よくぞ私のところへ来てくれた」「いくらでも協力する」と、大変手厚く出迎えた。

 本書を読み進めるほど福原さんの生き様に頷くことが多くなった。犯罪に巻き込まれた生き物を救うべく、日々奮闘する動物のお巡りさんの活躍を今後も期待したい。

文=いのうえゆきひろ