感染症を正しく知って正しく怖がろう! ウイルス・細菌・寄生虫を病理医が語る

暮らし

2020/6/28

『感染症大全 病理医だけが知っているウイルス・細菌・寄生虫のはなし』(堤 寛/飛鳥新社)

 新型コロナウイルスの影響により、ドラッグストアでは4月の売上実績のうち除菌グッズが前年度比4000%を超えた店舗もあるそうだ。その一方で、風邪薬は65%というから、期せずして予防対策が他の感染症にも奏功したのかもしれない。それは、今まで手洗いなどを疎かにしていた証拠でもある。コロナ騒動が起こる以前、男子トイレで手を洗わずに出ていく人を見かけるのは珍しくなく、蛇口に指先をチョンチョンとつけるだけなんていうのも何度か目撃した。女子トイレについては知らないが…。ともかく他の感染症も少なくなっているのであれば良いことだから、もっと学びたいと思い見つけたのが『感染症大全 病理医だけが知っているウイルス・細菌・寄生虫のはなし』(堤 寛/飛鳥新社)である。

 著者は患者を直接診察するのではなく、現場から送られてくる、人体で採取された血液・髄液・組織の一部や排泄物などの「検体」を調べて診断を下す病理医。病理専門医は実に、医師の中でも1%しかいないという稀有な存在だ(2019年8月時点のデータ)。

メディアの報道被害

 メディアの報道や各所からの意見が錯綜した新型コロナウイルス。だが、本書には2019年12月に中国湖北省の武漢で確認されてから3月頃までの経緯が記されているので、落ち着いて振り返るのに適しているだろう。

 似たような例で、2009年4月にメキシコに端を発した豚インフルエンザは、同6月に世界保健機関(WHO)がパンデミックと認定し、世界中の死亡者数は1万4000人を超えた。日本でも同5月に初めての感染例が出たことからマスコミの報道が過熱。人々が動揺した結果、夜間・休日の当番医療機関への受診が殺到したため過剰な負担が現場にかかることとなったが、実は季節性インフルエンザよりも死亡率が低かったという。

 こういった過去の例に学びつつ、今回の新型コロナウイルスへの政府や行政機関の対応を検証する際には、マスコミの報道についても振り返る必要がありそうだ。

感染症の歴史に悲哀

 19世紀半ばに活躍した、イグナッツ・フィリップ・ゼンメルワイス医師は現在でこそ「消毒の父」と称されているが、現役時代は不遇だった。彼が勤務する大学医学部付属の産科病棟では1ヶ月間に分娩した産婦208人のうち36人が亡くなる惨状で、まだ病原体という概念が無かった時代ゆえに敗血症(全身性細菌感染症)と分からず、防ぎようのない「宿命的な女性たちの疾病」とみなされていたそうだ。しかし、目に見えない「何物か」の仕業と考えた彼は、医師が診察前に手を洗う習慣が無かったのに反して、爪を含む手指の徹底的な洗浄を実践し、現代に引き継がれる消毒法を確立することで死亡率を下げるのに成功した。にもかかわらず彼は業績を認められないまま、大学を追われてしまう。何故なら、それまで患者が亡くなったのは医師が原因という事実をも認めなければならないため、周囲から受け入れられなかったからだ。

子供を亡くした母親の悲劇

 ある年のこと、中学校3年生の男子が体育の授業において校庭を2周ほど走ったところで座り込んでしまい、学校の保健室で休んだ後に帰宅。自宅のトイレで倒れているのを家族に発見された。原因不明の急死だったため、母親は「息子は熱中症で死んだに違いない。無理やり走らせた体育教師のせいだ」と思い込み、弁護士を連れて警察と、法医解剖を行なった法医学教室に日参した。ところが著者が調べてみると、インフルエンザ脳症だったことが分かったという。実は男子中学生は前日に発熱して、母親が医師の指示が必要な解熱剤のボルタレン座薬を使っていたのだ。著者は、「体育教師のせいで息子は死んだと訴え続けてきたのに、一転して、実は自分のせいで息子が亡くなったともいえる状況」になってしまった母親のことを心配していたが、病理医はそれを知る立場には無いのがつらいところ。こういった目に見えない危険があるのが感染症だ。

性感染症の裏話

 下世話で恐縮だが、感染症と云えば性感染症の話題は外せない。子宮筋腫により、翌日に子宮切除術が行なわれる予定の患者から採取した標本を顕微鏡で見た著者は、膣トリコモナスという今どき珍しい原虫を発見したという。この貴重な感染症の標本を確保しようと、患者の細胞診検体を過去にさかのぼってみたものの、以前の標本からは1匹も見つけられなかったという。可能性として考えられるのは、子宮を切除する前に夫とは違うパートナーと性交渉を持ったことだ。他にも、淋病を発症した男性患者に担当医が確認したところ、一夜限り(と本人が主張する)の浮気をしていたことが判明し、夫を心配した奥さんが付き添っていたため、修羅場に発展した模様。これも、病理医にはどうしようもない。

 最近では、スーパーなどで使い捨て手袋をしている買い物客を見かけるが、「一処理一消毒(処置ごとに消毒する)」を徹底したゼンメルワイスに則れば、商品を触った後の会計時に財布を取り出す際にも手袋を交換しないと意味が無い。本書には、手洗いの仕方などの感染症対策も記されているから、正しい知識を身に着けて正しく怖がりたいものだ。

文=清水銀嶺

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