トキ、パンダ…6度目の大量絶滅時代に考えたい「弱肉強食論」「生存競争」の本当の意味

スポーツ・科学

公開日:2020/6/26

『〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか』(山田俊弘/講談社)

 いよいよ7月1日からコンビニをはじめ全国の小売店でレジ袋が有料になる。地球環境保護がその主な理由だが、たとえばウミガメやクジラなど海洋生物の体内から大量のプラスチックが発見されるなど、近年プラスチックゴミは多くの生物の命を危うくする世界共通の大問題になっている。だから少し不便になろうが、私たちもゴミ削減に協力するのは仕方ない話……だが、こんな質問をされたら、あなたはなんと答えるだろう。

 なぜ、私たちは他の生物の命を守らなければならないのだろう?

「え、そんなの当たり前でしょ?」と、あえて聞かれると答えに詰まってしまいそうだが、『〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか』(講談社)の著者・広島大学の山田俊弘先生によれば、生物学の世界でも「生物保全の理由」をうやむやにしてきたというのだから、ある意味仕方がないのかも。だが現在、地球は人類のせいで100万種以上の動植物が絶滅の危機に瀕する「六度目の大量絶滅時代」を迎えているというのだから、実はそんな悠長なこともいっていられない。

advertisement

「こんな時代だからこそ、生物を保全する理由をみなさんと一緒に考える必要を強く感じた」と、山田先生は本書で「トキやパンダなど絶滅危惧種を守るべきか、それとも特別なことをする必要はないのか」という〈トキ・パンダ問題〉について最適解は何か検討を重ねる。たとえば以下のような理論で「保護は不要」と答える教え子も1、2割はいるというが、それらの論理にある穴をズバリ指摘するのだ。

「弱肉強食だから仕方がない」は正しいのか

 まずは「ヒトより弱い生物なのだから絶滅するのは当たり前であり保全の必要はない」という〈弱肉強食論〉。少し単純化してライオンとシマウマを例に考えてみると、「弱肉強食」ならば百獣の王といわれるライオンが一方的にシマウマを食べて生き残ることになる。実際にはシマウマは足が速くて逃げる能力が高く、シマウマを捕まえられなければライオンは飢えて個体数を減らしてしまう。つまり自然界は「弱い者の肉が強い者の食料となる」だけでは成り立っておらず、実は「弱肉強食」は自然界の摂理とはいえないのだ。ちなみに「弱肉強食」は唐の時代の漢詩に由来した言葉でもともと生物学用語でもなく、自然界の摂理でもないことを生物保全に関する正当な理由として納得することはできないのだ。

「生存競争」の意味も誤解されている!?

「ヒトは他の種との間の生存競争に勝ったのだから、負けた種が絶滅するのは当然」とする〈生存競争論〉もよく聞かれる理論だが、実はこちらにも根本的な誤解があるという。「生存競争」という言葉こそダーウィンが進化論で用いた生物学用語ではあるものの、あくまで「ある種内で起こる個体間の生存と繁殖をかけた競争」を意味するものだ。だがヒトと他の生物は「同じ種」ではない。つまり異種間の競争に同種間に適用する「生存競争」の理論を当てはめていることになるわけで、そこには無理があるのだ。

 このほか「ヒトの役にたつから保全すべき」「次世代への義務として保全すべき」など考えうるあらゆる回答を想定して、その正誤をわかりやすく検証してみせる本書。話題は生物の起源や生態系についてのさまざまな知見だけでなく、「差別はなぜ起こるか」「ヒトどうしの争いは生存競争なのか」といったヒト社会の構造的問題にも思考が広がり、さまざまな角度から「生物としてのヒト」を考えることになる。

 最終的には「正義」をキーワードに生物保全への本質的な答えが提示されるが、それでもグレーゾーンがないわけではない。だが「簡単に答えが見つからないからといって、答えを探すことをあきらめてはいけない。しっかりと考えていけば、自分なりの納得のいく考えにたどり着ける」と著者。まずは本書をガイドに私たち一人一人が思考することは大事な一歩であり、それが確実によい未来につながっていくと信じたい。

文=荒井理恵