悪徳業者か、救世主か!? 性転換ビジネスの仲介業者“性転師”の実態

社会

公開日:2020/7/1

『性転師 「性転換ビジネス」に従事する日本人たち』(伊藤元輝/柏書房)

 タイは男性から女性、あるいは女性から男性への性転換手術(性別適合手術)の先進国だ。外国人患者の受け入れにも積極的で、自身が意識している性と実際の肉体の性の不一致に悩む、性同一性障害(性別不合)の人たちが毎日のように世界中からタイを訪れ、性転換手術を受けている。日本人でこの手術を受けた人の5割以上が、タイで行ったというデータもある。
 
 だが、言葉も通じず、知り合いもいない外国で病院に行くのは、ただでさえ不安なものだ。それが、ときには命を落とす危険性もある大がかりな性転換手術ともなれば、なおさらだろう。そこで活躍するのが、日本人の患者と現地の病院を繋ぐアテンド(世話人)業者だ。
 
『性転師 「性転換ビジネス」に従事する日本人たち』(伊藤元輝/柏書房)は、そんな性転換手術のアテンド業者の実態に迫るルポルタージュである。性転換ビジネスを扱った本というと、興味本位のキワモノ的なものをイメージするかもしれない。しかし、著者は共同通信社の記者であり、本書でも複数のアテンド業者に丹念に取材を重ねながら、その必要性と問題点、そして日本における性同一性障害の問題を冷静に考察している。ちなみに、性転換手術のアテンド業者を指す「性転師」という言葉は、本書オリジナルの造語だ。

性転換ビジネスの全般にかかわる性転師。その実態は?

 性転師たちの仕事内容は、飛行機やホテル、病院予約の手配から、現地送迎、病院での通訳まで多岐にわたっている。術後も退院まで毎日のように病院を訪れて患者に寄り添い、帰国までを見送るのが彼らの仕事だ。もちろん、そのぶん料金も安いわけではない。業者や手術内容にもよるが、最低でも数十万円、高ければ数百万円もの大金を患者はアテンド業者に支払っている。さらに、性転換手術はたいていの場合、患者に多大な肉体的苦痛を与え、最悪、大量出血や合併症などにより死に至ることもあるという。

 それでも日本で性同一性障害に悩む人たちがアテンド業者を利用してタイに向かうのは、一言でいえば日本が性転換手術の後進国だからだ。長年、日本の医学界では性転換手術がタブー視されていたため、世界的に見ても日本のこの分野の医療レベルはかなり低いのである。タイで手術を受けるほうが、何倍も安全で安心でき、結果にも満足できるのだろう。

advertisement

 とはいえ、大金を払って外国に行き、命の危険を冒してまで手術を受けなくてもいいのではないかと感じる人は多いかもしれない。たしかに、多くの人にとって性同一性障害は自分とは関係のない、縁遠い世界の話だろう。だが、朝目が覚めたとき、もしも自分の体が異性に変わっていたら、その違和感や困惑が強烈であることは想像に難くない。そして、誰しもが自分の肉体からは逃げられないので、その違和感や困惑は24時間、365日続くのである。性同一性障害の人たちは、そんな苦しみを物心ついたときから、ずっと味わっているのだ。実際、性同一性障害の人たちのなかには自殺を選ぶ人も少なくないという。

 ところで、長らく性転換手術の後進国だった日本だが、2018年には手術の保険適用が認められるようになるなど、少しずつ変化の兆しも見えてきている。まだまだ時間はかかるだろうが、いつの日か日本でも性同一性障害に悩む人たちが安心して性転換手術を受けられるようになるかもしれない。

 そうなれば、性転換ビジネスのアテンド業者の仕事はなくなるのかもしれない。本書に登場する性転師の多くも、自分たちの仕事が過渡期的なものであることを自覚しており、またそうあるべきだと考えている。このことは、本書を読み終えたとき、一番安心するところだ。

文=奈落一騎/バーネット

【こちらも読みたい】
▶自慢の兄が突然トランスジェンダーであると語りだした…。男らしさや女らしさより大事なものって?