敵国の原子炉を秘密裏に破壊せよ! まるでスパイ映画のような本当にあった極秘作戦

社会

公開日:2020/7/10

『シリア原子炉を破壊せよ イスラエル極秘作戦の内幕』(ヤーコブ・カッツ:著、茂木作太郎:訳/並木書房)

 敵国が開発した原子炉を秘密裏に破壊する――まるでアクション映画のようなストーリーだが、これは2007年9月、実際に起きた事実だ。舞台はシリア、作戦を行ったのは軍事衝突や緊張状態が続く隣国のイスラエルだ。
 
 原子炉が完成すれば、シリアは核兵器の製造も可能となり、イスラエルにとっての平和は脅かされてしまう。極限の状態の中、どのような経緯で、そしてどのような方法でイスラエルは原子炉を破壊したのか。この出来事についてつぶさに書かれているのが『シリア原子炉を破壊せよ イスラエル極秘作戦の内幕』(ヤーコブ・カッツ:著、茂木作太郎:訳/並木書房)だ。
 
 著者は『エルサレム・ポスト』紙の編集主幹のヤーコブ・カッツ氏。長年イスラエルとアメリカで取材活動を続け、原子炉破壊作戦の一端を明らかにしている。本書には関係各国の動きや関係者の思惑などが臨場感たっぷりに書かれているほか、中東の国々の歴史や関係者の経歴についても、事細かく言及されている。ここでは本書の見どころを3つに絞って紹介していきたい。

情報を得るべく暗躍するイスラエルのスパイ組織

 シリアの砂漠地帯で秘密裏に建設が進められていた原子炉。それを察知したのがイスラエルの情報機関「アマン」と「モサド」、つまりスパイ組織だ。彼らの諜報活動は原子炉の発見だけでなく、建設状況や稼働開始時期など、対応に欠かせない情報を集めた。

 その諜報活動のひとつとして、原子炉建設に携わった重要人物のパソコンをハッキングするという作戦が本書では詳細に紹介されている。スパイの動きがバレれば一巻の終わり。国際問題にも発展し、イスラエルの立場が危うくなりかねない。それでも工作員は、シリアの核科学者の部屋に侵入し、パソコンにコンピュータウイルスをインストール。パソコン内の機密データを入手することに成功する。

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 この情報がなければ、原子炉破壊作戦の成就には至らなかっただろう。緊張感のある情報組織の暗躍は、本書のひとつの見どころだ。

一枚岩とはいかないアメリカ・イスラエル政府内の攻防

 シリアが原子炉を建設しているという情報を得ると、イスラエルはアメリカにその情報を提供し、共に原子炉を破壊するよう求める。新たな核保有国が生まれるのを可能な限り阻止したいアメリカ。しかし、当時のブッシュ大統領は原子炉破壊には容易に踏み出せなかった。なぜなら、大量破壊兵器があるという情報から戦争を始め、イラク戦争を引き起こした苦い過去があるからだ。

 政府内は「破壊」派と「不介入」派に分かれ、ブッシュ大統領が決断に苦慮したことがさまざまな関係者の視点から書かれている。またイスラエル政府内でも「即刻破壊」派と「様子見」派で意見が割れていた。

 極限状態の中で各国首脳はどのような方法で話し合い、その裏ではどのような思惑を抱えていたのか。ニュース番組や新聞だけではわからない“リアル”が感じられる。注意深く読み進めると興味深い事実が見つかるはずだ。

バレないよう破壊、だが全面戦争は防ぎたい…

 本書一番の見どころは原子炉破壊の実行部分だろう。出発前のパイロットの心情や作戦の成功を祈る関係者、そして事後処理のことで頭がいっぱいの閣僚など、各立場の関係者の機微が詳しく描写されている。まさに手に汗握るクライマックスは、ぜひ本書で味わっていただきたい。

 ちなみに、この破壊作戦はできるだけ静かに誰にも知られることなく任務を完了するよう命令されていた。それは作戦の成功率のためだけでなく、成功後にシリアからの報復を避けるためでもあったという。

 そのため、パイロットたちはレーダーに見つからないよう超低空飛行で目標に近づき、原子炉を破壊する。パイロット技術もさることながら、実際にシリアの報復を回避したイスラエル首脳陣の心理的な駆け引きも目が離せない。

 手に汗握るスパイアクションのようであり、登場人物の心の機微がまざまざと感じられるヒューマンドラマのような本書は、さまざまな視点で読み進めることができる。だが、これが決して映画や小説などではなく、実際に起こった出来事であり、紛争が絶えない国や地域があることを忘れずにいたい。

文=冴島友貴

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