いきなり!ステーキはケネディ倒産と同じ道を歩むのか? 帝国データバンクが警鐘を鳴らす「再現性の高い失敗の法則」とは

ビジネス

公開日:2020/7/10

『倒産の前兆 30社の悲劇に学ぶ失敗の法則』(帝国データバンク情報部/SBクリエイティブ)

 料金明細に記載されているように、一般的な水道料金は「上水道使用量」と「下水道使用量」の合計で決まる。たいていの場合、下水道使用量は「上水道と同じ量が使用された」と推計されるので、実際の使用量より多くなる。

 蛇口をひねって水を飲んだり、料理で使用したり、ほとんどの人は「上水道使用量>下水道使用量」であるのに、ちょっとだけ多めに水道料金を払っているわけだ。なんだか納得のいかない話である。

 ERSホールディングスというベンチャー企業はここに目を付けた。実は下水道使用量を正確に計測して自治体に申請すれば、一定の条件のもと、水道料金が減免される制度がある。しかし使用量を正確に計測するなんて、一般企業には無理だ。

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 そこでERSホールディングスは下水道使用量を正確に管理することで、企業の水道料金を削減する「下水道の節約コンサル事業」を展開。誰も参入していないブルーオーシャンビジネスで一気に業績を拡大した。

 ところがこの企業は、立ち上げてわずか3年ほど経った2015年に、資金繰りが悪化して倒産する。その理由はいくつかある。主に挙げれば、「料金形態を成果報酬型にした」「納入した流量計が頻繁に故障して修繕費がかさんだ」「サービス開始前から多額の流量計リース代がのしかかった」「自治体が水道料金の減免を見送るケースが起きた」という具合だ。

 どれだけビジネスの目の付け所が良くても、収益モデルを成立させられなければ、あっという間に市場から退場させられる。それを体現するかのように、同社はひっそりと社会から姿を消した。

倒産する企業には再現性の高い法則がある

『倒産の前兆 30社の悲劇に学ぶ失敗の法則』(帝国データバンク情報部/SBクリエイティブ)は、国内最大級の企業データベースを持つ信用調査会社・帝国データバンクが、中小企業30社の倒産の原因を克明に解き明かしている。ERSホールディングスも本書で解説されている倒産劇のひとつだ。

 本書の「はじめに」でつづられる指摘は、とても印象深い。企業の成功には決まったパターンが存在しない一方、倒産する失敗のパターンには「再現性の高い法則」が存在するそうだ。

なぜなら、経営とは一言で言い表すなら「人・モノ・カネ」の三要素のバランスを保つことであり、このうち一要素でも、何かしらの「綻び」が生じれば、倒産への道をたどることになる。そしてそれは、業種・職種を問わずあらゆる会社に普遍的に存在するような、些細な出来事から生まれるものなのだ。

 依然として新型コロナウイルスがくすぶる今、大手も含めたかなりの企業の存続が危うい。不義理と指摘されれば心苦しいが、それでも自身の勤める会社が倒産しそうならば、いち早く別の企業へ転職することが、ビジネスマンとして今できる最善の道。

 しかし転職して未来を守ったはずが、「より危うい企業に転職してしまいました…」ではシャレにならない。本書は、存続の危うそうな企業を見抜く教科書であり、「倒産の前兆」を伝える。ただ2019年に出版されたので、コロナ禍における「失敗の法則」には言及していない。しかし帝国データバンクは100年にわたって倒産企業の“始まりと終わり”を見てきたので、読者の長い仕事人生の役に立つはずである。就活を行う学生、転職を考えるビジネスマンは、今だからこそ読んでほしい。

 ここからは本書に記された中小企業の倒産劇の一部をご紹介するので、ぜひ今後の参考になれば幸いである。

ステーキ業界の栄枯衰退

 読者は、都内を中心に40店舗を展開したステーキハウス「KENNEDY(以降、ケネディ)」を覚えているだろうか。ケネディを運営した企業ステークスは、2004年12月期に約4億円の売上高を記録。10年後の2014年12月期には、17億円以上の売上高を達成。「カフェ感覚で気軽にごちそうを」というコンセプトが顧客に大ウケして順調に業績を拡大した。

 しかしこの後、どの企業でも起こりうる「あること」がきっかけで倒産してしまう。まず順調に店舗を拡大する一方で、経営管理や人材育成が間に合わなくなり、高品質なサービスの提供が難しくなった。この状況を打開するため、「ステーキ半額セール」で無理な集客を目論み、「半額じゃないと行かない」という顧客が増えてしまう。

 そしてステークスにとどめを刺したのが、いま話題の「いきなり! ステーキ」の登場だ。「手早く、安く、上質な肉を食べられる」という魅力に加え、当時の世の中には“立ち食い”トレンドがあり、それをステーキハウスでやってしまう斬新さが顧客の心をわしづかみにした。

 そこでステークスは、フレンチ要素を取り入れた「ヌーヴェルケネディ」を開店して対抗。だが「ケネディにフレンチを求める」客層はおらず、2015年12月期に赤字転落。その後も不採算店舗は増えていき、2017年10月に倒産した。

 ステークスが倒産した理由を、本書は主に3つ指摘する。まず安易に半額セールをして、顧客に「安売り」イメージが定着したこと。世の中の“立ち食い”トレンドを取り入れられなかったこと。そしてフレンチという顧客が求めていないコンセプトを、経営立て直しの柱にしたことだ。

 これらの倒産理由に、どこか既視感はないだろうか。そうだ、今まさに苦境に立たされる「いきなり! ステーキ」も似た失敗を続けているのである。本書では同店について触れていないので、本稿でこれ以上は述べない。それにしても帝国データバンクが指摘する「再現性の高い法則」という言葉の重みを、この2社から思い知るばかりである。

大ヒット商品が倒産を引き起こす

 コロナ禍にあえぐ中でも、世の中のニーズに合わせた大ヒット商品を生み出すことで、大きく業績を伸ばす企業が出てくる。経営者や従業員は殿様気分だろうが、慢心した経営は失敗の法則を引き寄せかねない。

 2010年10月に発売されたノンシリコンシャンプー「レヴール」が一世を風靡した。「1.5秒に1本売れている」と言わしめた同商品を販売したのがジャパンゲートウェイだ(倒産直前にいくつかの理由で企業名を変えているが、詳しくは書籍で確かめてほしい)。

 髪に負担をかけるといわれていたコーティング剤「シリコン」を含有させず、シャンプー本来の役割「汚れを落とす」を追求した「レヴール」は、大規模な広告キャンペーンが功を奏して大ヒット。2011年5月期に61億円を記録した売上高は、倍々ゲームで増えていき、2013年5月期に217億円を叩きだす。

 ところが華々しい企業の成長もここまでだった。まず同業他社が「ノンシリコン」を謳った類似商品を次々に展開する。必然的に競争は激化。同社は次なるヒット商品を生み出せず、売れると見込んで増産したレヴールの在庫がかさみ、ジリ貧のまま売上高は減少した。さらに大規模な広告キャンペーンが巨額の先行投資として経営に重くのしかかった。

 この他いくつかの理由で同社の資金繰りは2013年5月期以降に悪化。2016年5月期には売上高81億円まで落ち込む。その後、事業や商号の譲渡など経営再編を行い、2018年6月、社名を「室町販売委託」に変更した上で倒産した。

 大ヒット商品は企業を大きく成長させる起爆剤だ。しかしタピオカブームが記憶に新しいように、多くの場合は一過性にすぎない。大ヒット商品が、過剰な投資や同業他社との競争激化を生んで、いつの間にか倒産を引き起こす爆弾にすりかわることもある。本書の警告がコロナ禍で高笑いする経営者たちに届けばいいが…。

 このように本書は、いつの時代でも起こりうる再現性の高い「失敗の法則」を、中小企業の倒産劇を通して紹介する。コロナショックで苦境にあえぐ企業が多数ある今、あなたの会社は大丈夫だろうか。

文=いのうえゆきひろ