中小企業を支える地銀のリアルな姿とは? 現役銀行員の日々の業務が明らかに

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/14

『高杉課長のコンサル手帖』(竹本順司、福田謙二、佐々木一彰、箱崎博信/きんざい)

 まだ日本経済が輝きを放っていたその昔、銀行の主な役割は、私たち消費者から預金を募り、一定の金利を設定して、個人や企業に融資することだった。その金利から得られる利益で、銀行は業績を拡大していった。

 しかし時代が変わり、銀行の存在感が少しずつ薄れ始める。まず企業の資金調達の主な手段が株式に変わった。さらに金融とITの融合であるフィンテックの登場で、電子決済や仮想通貨など、消費者や企業のお金のやりとりの選択肢が増えた。そしてとどめは、経済成長を促すため長らく継続されている異次元の金融緩和だ。これにより金利で生きてきた全国の銀行は、特に体力のない地方銀行から、利益を失って息切れしている。

 それでも99%の中小企業からなる日本経済を支えているのは、銀行だ。小さな企業が運転資金を調達するため、まっさきに頭を下げるのが地方銀行。このコロナ禍においても、地方銀行が経営難に陥った中小企業を支えたという報道を目にした。どれだけ時代が変わろうとも、銀行は絶対に必要な存在なのだ。

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 だからこそ変わらなければならない。もう金利だけで生きられる時代ではなくなった。そう決意した地方銀行のリアルな奮闘を描くのが『高杉課長のコンサル手帖』(竹本順司、福田謙二、佐々木一彰、箱崎博信/きんざい)だ。

 本作の特徴は、山口県に本社を置くワイエムコンサルティング(以降、YMCC)という銀行系経営コンサルティング会社で実際にあった4つの事例をもとに書き下ろされた「小説」ということ。

 ここでYMCCについてもう少し説明を加えよう。山口銀行や北九州銀行を経営する、同じく山口県に本社を置く山口フィナンシャルグループという企業がある。YMCCも同社の関連会社のひとつであり、いわば銀行傘下のコンサル会社なのだ。だから山口銀行や北九州銀行など、山口フィナンシャルグループと融資や取引のある企業とは密接な関係があったり、企業の経営状態を詳しく把握できたりする立場にある。

 地元企業と密接に関わる地方銀行だからこそ、より企業に寄り添ったコンサルタントができる。それが地方銀行の新しい生きる道なのかもしれない。本作をめくっていると、そんなふうに感じた。

ある地元有名和菓子メーカーのピンチ

 株式会社大友堂という地元の有名和菓子メーカーがピンチに陥っていた。その理由は、一代で会社を大きくしたカリスマ社長が不運にも亡くなり、経験の浅い息子・大友純一が新社長に就任したこと。さらに東京に構える営業所が赤字を垂れ流し続け、本社が稼いだ黒字を消し飛ばしていること。

 そして最大の問題が、これらの事態を重く見た取引銀行が「貸しはがし」を検討していることだ。銀行から借金して運転資金を調達する企業は、融資を断られたり、借りたお金の返済を期限前に迫られたりすると、手元の資金が尽きて倒産に追い込まれる(これを資金ショートという)。大友堂はピンチに陥っていた。

 この状況を打開するべく純一社長が助けを求めたのが、経営コンサルティングを行うYMCCだ。本作の主人公であるYMCC社員の高橋と、その部下の伊藤が、取引銀行を納得させて資金ショートを防ぐ「経営改善プラン」を練って対応にあたった。

 ところが「経営改善プラン」の作成中にアクシデントが起きる。なんと先代の社長が息子に内緒で積み上げた、決算書にはない不良在庫の存在が発覚するのだ。これでは取引銀行がどんな対応をとるか分からない。

 これに加えて純一社長はある決断に迫られていた。赤字を垂れ流す東京営業所だ。このまま業績を改善できなければ、東京営業所は閉鎖の道しかない。しかし経験の浅い若社長は、改善策の提案も、閉鎖の決断もできず、煮え切らない態度を続けていた。

 地元有名和菓子メーカーは、まさしく生き死にの瀬戸際にいる。高橋と伊藤は、銀行系経営コンサルタントとしてどんな手腕を振るうのか。

地銀が地元企業に果たす役割

 本作で印象に残った部分がある。伊藤のこのセリフだ。

「私どもは地銀のコンサルです。計画だけを描いて、あとは頑張ってくださいと逃げることはできない立場です。とことん御社と向き合うつもりです」

 あくまでわたし個人の見解だが、コンサルと聞けば「派手な改善策を提示して、依頼主をあっと驚かせる」というイメージがあった。そしてどこかの政治家のように、経営改善ができなくても責任の所在はあいまい。そんなふうに勝手に思い込んでいた。

 けれども本書で描かれるコンサルティングは、地味だけど企業の未来を見据えたものだ。経営者に企業が長生きする方法を提案し、幹部や社員たちに企業の一員としてのマインド改善を促す。そこに派手な要素はひとつもない。だが確実に地域に根差した経営ができるようになる。

 これが地方銀行の生きる道なのだろうか。日頃からお金の貸し借りを通じて互いを深く理解し合う、地元企業と地方銀行という関係だからこそ、的確な経営アドバイスができる。ともに地域を生きて、衰退する地方経済に歯止めをかけられる。わたし個人は本作からそのようなことを読み取った。

 時代が変わる今、銀行に求められる役割も変わろうとしている。生き残る道はいくつかあるだろう。たぶんそのうちのひとつが、本作に描かれている。中小企業を支える地方銀行が変われば、きっと日本経済も明るい未来へ向かうはずだ。

文=いのうえゆきひろ