“ふーっ”とすると、絵のなかに命と時間がうごきだす。子どもの想像力をはぐくむ体験型絵本

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/15

『ふーってして』(松田奈那子/KADOKAWA)

“シンプルで、たのしくて、うつくしい。”という紹介文が添えられた絵本『ふーってして』(KADOKAWA)。画家であり、絵本作家でもある松田奈那子さんの新作絵本である。北海道出身で、モロッコに在住した経験をもつ松田さんの絵は、どこか異国情緒を感じさせるトーンがうつくしく、シンプルだけど、ひとつひとつがまさにアート。それでいて“体験絵本”という知育の側面をもっている。STEAM教育などでこれからの子どもたちに欠かせないといわれる“アート”を味わいつつ、子どもたちの “想像力”を伸ばし、お絵描き体験までできてしまう、ありがたい1冊だ。

変化する絵のなかに流れる時間を想像する



 中面では2つの絵が組み合わされている。1枚目には「いろみず」を使った“点”が描かれ、その“点”に息を“ふーっ”と吹きかけると、2枚目でいろみずが伸びて絵が変化していくのだ。

 ここに、味わい深いストーリーが隠されている。たとえば、おじさんの口まわりに生え始めたヒゲ(いろみず)は、“ふーっ”とするとあちこちに長く伸びていくのだが、同時におじさんの表情も変わり、テーブルのコーヒーは倒れてしまっている。おじさんはよっぽど驚いたのだろうか。説明が書かれていないからこそ、おじさんの気持ちを想像するのがたのしい。

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 他にも、“ふーっ”とすると草が伸びたり、はりねずみのハリが飛び出したり。その瞬間、命が吹き込まれたかのように絵がうごきだす。草はどれだけの時間をかけて大きく育つのか、はりねずみはどんなタイミングでハリを出すものなのか、そんな興味にも繋がりそうだ。

 読み聞かせをしながら実際に「ふーっ!」と息を吹きかけ、変化していく絵を見るたびに、すばらしい発見をしたかのように「ワーッ!」と目をキラキラとさせる我が子。この顔を見るために、何度も読み聞かせしたくなる。

いろみずアートは、まるで流れ星の擬似体験


 体験絵本ということで、いろみずで実際に絵を描くところまでが本書の魅力だと考えたい。最後のページには“ふーっ”としてあそぶ方法が紹介されており、いろみずはストローで吹くと伸びやすくなるそうだ。息を吹きつける方向や力加減によって伸び方はちがうから、きっと思うようにはいかないだろう。だからこそ、次はどう伸びるのか、何のカタチになるのかと好奇心を刺激してくれる。

 まるで、絵のなかに命を吹き込むような作業。真っ黒な紙に白いいろみずを“ふーっ”とすれば、絵のなかに流れ星をながすことだってできる。一瞬、夜空の下に連れていかれたような気分になるからフシギだ。単なるお絵描き体験にとどまらない、そこに流れる時間や命のいぶきまでを感じるような、まるで流れ星の“擬似体験”である。

文=麻布たぬ

●書誌情報
『ふーってして』
作:松田 奈那子
定価:1,200円+税
発売日:2020年07月09日
判型:その他
ページ数:32
ISBN:9784041091371

https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000693/