運がない私の前に現れたのは、願いを叶えてほしがる神様! 幸せの見つけ方を知れる小説『ただいま神様当番』

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/18

『ただいま神様当番』(青山美智子/宝島社)

 私は神様に見放されているのではないだろうか…。そんな想いに駆られ、胸が締め付けられる日がある。そんな日は決まって、人生が上手くいっているように見える誰かを妬み、いいことが降ってこない自分の日常を嘆きたくなってしまう。

 だが、「運」を左右しているのは、もしかしたら神様ではなくて自分自身なのかもしれない。『ただいま神様当番』(青山美智子/宝島社)は、そんな気づきが得られるエンタメ小説。クスっと笑えて、じんわり心が温かくなる本作は幸せの見つけ方を教えてくれる。

ある日突然、左手に神様が宿って…

 幸せになる順番は、いつ巡ってくるのだろう。OLの水原咲良は代わり映えしない日常に、退屈と失望を感じていた。なにかいいことないかな。そう思っていたある日、いつも通勤に使っているバス停の土台に、どこを探してもゲットできなかった大好きなアイドルグループのCDが置かれていた。

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 ラッキー。そう思い、罪悪感を抱えながらも咲良はCDを自宅に持ち帰り楽しんだ。すると、翌朝、思いもしなかった事態に。なんと左腕に黒マジックで書いたかのような「神様当番」という文字が…! なにをしても消えず、戸惑っていると突然、目の前に「神様」を名乗るおじいさんが現れた。

 わしを楽しませてくれないとお当番は終わらないし、文字も消えない。そう告げると神様は左腕の中へ。その日から咲良の左手は、勝手に動くようになってしまった。

 想定外の動きをし、時に神様っぽい行動をしてドキリとさせ、楽しいことを探す神様。どうしたら神様に出ていってもらえるだろう。そう考えていた時、部屋にあったビーズキットを神様が楽しんでくれたことから、咲良は勇気を出して興味を持ったチェコビーズのワークショップに参加。そこで偶然、前に同じ合コンに参加していた女の子と再会。彼女との交流を通じて咲良は日常の見方を変えていく。

“常に私のそばにあったはずの、なんでもないこんな景色を見ているだけで、ちょっと幸せになれた。”

 他者からの拒絶を恐れるがゆえに人と距離をとり、楽しいことや運が回ってくるのをただ待つだけだった受動的な日常を、神様が宿る左手ではなく、自分の意志で動く右手をちゃんと使いながら変えていき、真新しい自分になろうとする咲良。その姿は、諦めながら日常をこなすようになってしまった私たちに、一歩踏み出すことの大切さを伝えているようだ。

“誰にも頼まれてないけど。誰にも褒められるわけじゃないけど。一円にもならないけど。
この世をおもしろがるって、こんな小さいことからでも充分いいのかもしれない。”

 本作に登場する神様は、自由奔放。夢を叶えてくれるわけではなく、むしろ当番になった人が神様の願望を叶えなければならない。しかし、実は神様が口にする願いはその人自身が蓋をしてきた想い。登場人物たちは神様という存在を通して、これまで形にならなかった感情と向き合い、どこかに置き忘れてきた“自分の叫び”を知るのだ。

 わんぱくで下品な弟にうんざりする少女や、乱れた日本語に悩まされる外国語教師など、本作に収録されている5人のエピソードは年齢も立場もバラバラであるからこそ、誰もが自分の人生を重ね合わせやすい。

 どんなに小さな一歩でも新しい世界に踏み出す時は勇気がいるから、私たちは「今」に留まろうとしてしまう。けれど、少しだけ頑張って知らない世界に飛び込んでみたら、神様のせいにしていた「運のない人生」が悪くないものになるかもしれない。いいことばかりではない人生をどう変えるかは、自分次第。そう訴えかける本作は、生き方に迷った時に手に取りたい人生指南本でもある。

文=古川諭香