『数学ゴールデン』は数学版「のだめカンタービレ」!? 天才はびこる数学の世界を体感!

マンガ

公開日:2020/7/18

『数学ゴールデン』(藏丸竜彦/白泉社)

 これは、数学版「のだめカンタービレ」だ! 最初の数ページをめくってまず思った。クールでストイックな主人公と、天才肌で変わり者のヒロイン。『数学ゴールデン』(藏丸竜彦/白泉社)に登場する小野田春一と七瀬マミは、まさに「のだめカンタービレ」の千秋とのだめのような2人だ。特に七瀬マミは、口をトガらせながら数学の問題に熱中する表情などものだめによく似ている。この両極タイプの組み合わせで進む物語が面白くならないわけがない。

 物語は主人公の春一が高校に入学するところから始まる。入試トップの春一は新入生代表として壇上で挨拶するが、実はこの高校、春一にとってはいわゆる“すべり止め”だった。超有名進学校のロイヤル高校に落ちた春一は、「大丈夫 全然大丈夫 たどり着きたい場所は 元からここじゃない」と自分を奮い立たせる。そして新入生代表挨拶のさなか、全校生徒の前で「(自分の)目標は 数学オリンピックの日本代表」と宣言した。

 入学早々、周囲から距離を置かれ、自らも周囲と距離を置き、常にひとりで過ごす春一。すべては数学オリンピックに向けた勉強に集中するため。……だったのだが、ひとりだけつきまとってくる人物がいた。数学オタクの七瀬マミである。この七瀬、他校(ロイヤル高校)の生徒から「かわいい」と評されるシーンがあるため、学内でもかなり容姿のいい部類に入るのではないかと思う。けれど、その性格は非常に個性的である。

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 まず、「話しかけるなオーラ」を全身から発する春一に、入学式直後いの一番に「数学 好きなの?」と声を掛けるマイペースぶり。その後も毎日のように「オリンピック問題 ヤバす」「(好きな数学者は)ベタだけどラマヌジャン」と話しかけ、春一を困惑させる。なお、自宅には自分で描いたラマヌジャンの絵が飾られていた。

 七瀬は決して数学の難問がスラスラと解けるわけではない。証明問題の書き方のルールすらわからず、イラストをふんだんに使い、口語体で書くような落ちこぼれだが、それでも七瀬は数学を誰よりも愛している。解けた瞬間の「頭の中がほどけてく感じ」がたまらなく好きだと言う七瀬。1巻の後半では、コツコツと努力を積み重ねる春一に対し、ただ自由な発想で数学を楽しんできた七瀬のほうの天才的な能力が開花する描写がある。

 ところで、私自身は高校時代の数学の成績は惨憺たるありさまだった。もう数学の授業も試験も嫌で嫌で、取ったことのある最低点は、確か7点だったと記憶している。もちろん100点満点中だ。けれど、試験でどんなに悪い点数を取っても「数学への憧れ」は消えないままだった。本棚には今でも、当時集めていた数学を題材にした本が大量に並んでいる。

『数学にときめく』『数学的センスが身につく練習帳』『面白くて眠れなくなる数学』『ニャロメのおもしろ数学教室』『生き抜くための数学入門』『論理パズル「出しっこ問題」傑作選』『論理的に考える技術』『高校数学とっておき勉強法』『理工系の“ひらめき”を鍛える』『理系志望のための高校生活ガイド』

 ざっとこんな感じである。一度たりとも理系を志望したことなどないくせに、『理系志望のための高校生活ガイド』を購入するくらい迷走している。

 全然数学が好きじゃないくせに、こんなに数学の本を集めていた私は、「得体の知れない天才」に憧れていたんじゃないかと思う。今思うと、決して学校で数学の成績を上げたいと思って本を買っていたわけではないのだ。私はたぶん、「よくわからない難問」を解けるような、凡人には到底思いつけないような、閃き力・発想力に憧れていた。高校生のとき、私はそういう“何者か”になりたかった。数学の授業があまりにわからなすぎて、そういう「天才的な何者か」と数学とを結び付けていた。数学はわからない、数学はすごい、数学は天才だ、という具合に。

『数学ゴールデン』の1巻を読む限り、おそらく春一が平凡寄り、七瀬が天才寄り、と対比になっているのだと思う。何者にもなれない、ごく平凡な頭脳しか持ち合わせていないことがわかった今、フィクションの中で自分の代わりに春一が「天才」の領域に近づいてくれるのだとしたら、痛快だ。

文=朝井麻由美(@moyomoyomoyo)