ニート男の日常、自宅セックスが隣人トラブルになる女性…救いがないのに励まされる…! 不器用な大人たちの短編集

マンガ

公開日:2020/7/19

『LOW LIFE』(大嶋宏和/ジーオーティー)

 物事が順調に進まず、何をやっても空回り。おまけに周りがみんな優秀に見え、世間から置いてきぼりにされたような気持ちになったことはないだろうか? “人生の停滞期”は誰にでもあると言われればそれまでだが、渦中にいる人間は、一体いつ人生に光が差すのかがわからず苦しむ。だが、そこでもし、「悩んでいるのは自分だけではない」と気づくことができたなら…。自身の人生から少しだけ距離を置いて、過酷さを皮肉って、笑い飛ばすことができるなら、少しは救いになるのかも…なんて思うことがある。

 大嶋宏和先生の『LOW LIFE』(ジーオーティー)は、不器用にしか生きられない大人たちをシニカルに描いた8つの連作短編が収録されたマンガである。WEBコミックサイト「COMIC MeDu」に掲載された本作は、著者初のメジャー作。米国風の絵と左開きの製本に、クールでハイセンスな印象を抱いたのだが、ページをめくれば、そこかしこに、不恰好にしか生きられない私自身がいるように思えて仕方がなくて、心臓がキュッとなった。

 例えば、最初の物語「ビールを買いに」は、大学を卒業したものの、就職せずに、実家で冷ややかな視線を浴びながら、ダラダラと過ごす男の話。お気に入りのグラビア画像をパソコンに保存しつつ、お金のかからない図書館に通い、お使いのお釣りで勝手にタバコを買う。先が見えない不安定な日常が、リアリティたっぷりに描かれており、自身も経験した覚えのある、“社会のレールから外れた人間の苦悩”が直視できないほど伝わってきた。

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 また、「私のむずかしいひとり暮らし」は、一人暮らしを始めたばかりのマンションで、恋人を連れ込み、セックスをしていたら、騒音から隣人トラブルになった若いOLの物語。最初はセックス中に壁を叩かれるだけだったものの、ドアに手書きの手紙(皮肉たっぷりの忠告)を貼られたり、タバコの吸殻を新聞受けに入れられたり、次第に“嫌がらせ”と呼べるほど、隣人の行動はエスカレートしてゆく。隣人の強烈さにおののいたが、次の短編では、嫌がらせをしていた孤独な中年女性のままならない恋が密やかに描かれていた。それを読み、嫌がらせをする彼女も辛かったのだ…と一瞬同情しかけたのだが、中年女性の他者に対するあまりにも冷酷な一面や気づかいのなさも同時に浮き彫りとなり、人はさまざまな苦労や経験を重ねても、それを糧に、良い方向へ成長できるわけでもないことを思い知らされた。

 本作には他にも、小学生の息子を亡くした夫婦のやり切れない日常や、何かと誤解されやすい古い価値観を持つ男の葛藤、定年退職後、暇を持て余すおじさんの憂鬱などが描かれている。そして、最後に収録されている「SPRING HAS COME」では、冒頭の「ビールを買いに」の主人公(無職で実家に留まっていた男)のその後が読める。職業訓練校に通い、デザインの勉強をする過程が辛辣に描かれているのだが、その結末には思わず涙してしまった。

 本作は、不器用な人々のどうしようもない物語だ。爽やかなラストを迎える話はほぼない。だが、どうしようもない彼らの物語は、同じく不器用な人間の心を温かく励ますものでもあった。歳を重ねる度に、立派な功績を残し、他者から賞賛されることだけが、人生のプラスになるわけでもないことを実感する。自分と他者の弱さや痛みを受け入れて初めて、人生に深みがでるのかも…とも考える。心に迷いがある時に、何度も読み返したい不思議な優しさを放つマンガである。

文=さゆ