全てが分かったとき、思わず涙する――余命僅かな少女と死神のラブストーリー『優しい死神は、君のための嘘をつく』

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/23

優しい死神は、君のための嘘をつく
『優しい死神は、君のための嘘をつく』(望月くらげ/KADOKAWA)

 余命わずかな主人公の目の前に、突然死神が現れて「死ぬまでに、願いごとを三つ叶えてあげる」と告げる。正直なことを言えば、 この手の話ってよくある。どうせこの健気で薄幸の女の子が死神のことを好きになっちゃって、悲しい恋物語になるんでしょ。最初からわかり切ってるよ。そう思う人は私だけじゃないはずだ。

 しかし、作品を読み終えた今、私にはこのファーストインプレッションが、作品の大切な部分の本質ではないように思える。確かに(作品紹介でも書かれているように)この物語は「決して結ばれることのない、余命僅かな少女と死神の切ないラブストーリー」であることに間違いはない。なんだけれど、読み終えて本を閉じた時には、すっかりこの女の子・相良真尋と、彼女の前に現れた「死神さん」のことが大好きになっていて、ありふれた話が“特別な物語”になっているのだ。

優しい死神は、君のための嘘をつく

 真尋は小さい頃から重い心臓病を患い、16年の人生のほとんどを入院病棟で過ごしている女の子。常に死と隣り合わせで、自身を家族のお荷物だとすら思っている彼女の前に、ある晩、春の風と共に現れたのはフードを目深に被ったマント姿の「死神」だった。

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「はじめまして、僕は死神です。君の魂をもらいに来ました」

 彼は、真尋が30日以内になんらかの要因で死ぬことになっていることを告げる。そして、心残りを取り除くため、それまでに真尋の願いごとを3つ叶えてくれると言う。ただし、願いごとはささやかなものだけ。誰かを傷つけたり、誰かの感情をコントロールしたり、死を覆すことはできない――。

 真尋は3つの願いごとを考えるため、死神に毎日病室へ来て、自分の話し相手になってくれるよう頼む。ぶっきらぼうな態度とは裏腹に死神はその頼みを受け(しかもこの頼みは3つの願いごとにはカウントされない。ちょっと甘いところのある“死神さん”なのだ)、真尋と死神さんの最期の30日間がスタートする。

 この真尋のキャラクターがとても魅力的。重病を抱え病院から出られず、親は仕事でずっと海外に住んでいる(ちょっとひどい)……もっとひねくれてもよさそうな状況なのに、彼女は誰も恨まない。ただ自分のかけた「迷惑」を思って胸を痛め、自分の望みを諦めている。それは小児病棟で仲良くなった友達を何人も見送った(病院の外の世界へ、あるいは天国へ)経験からなのかもしれない。死神さんが病室に通うようになってからは、楽しいことや嬉しいことには素直に喜ぶ、彼女の朗らかな一面が見えてくる。

 印象的なのは、1つ目のお願いごととして2人がデートをするシーン。真尋が選んだのは、病院からそう遠くないゲームセンター。本当は遊園地や映画館に行きたいけれど、自分の体調と相手への負担を考えて選んだ場所だ。それでも、ドキドキしながら手を繋いだり、ソフトクリームを分けっこしたり、プリクラを撮ったり(残念ながら死神さんは写らないけど)、彼の一言に、行動ひとつひとつに真尋の心は揺れ動く。デートってどこへ行くかじゃなくて、誰と行くかだよね、という超シンプルな真実が瑞々しく描かれる。もちろんドキドキ要素もふんだん。ぶっきらぼうでクールな死神さんが、意外と積極的なのだ。死神さんは周りの人から見えないので、その設定を生かした(?)シチュエーションがとてもいい。例えばクレーンゲームをする時には、レバーがひとりでに動いているように見えるので、真尋がレバーを握り、その上から彼が手を重ねる。真尋は思ったよりも近い距離にドキドキ。なんてことない顔をしている死神さんに対して、心臓の音が聞こえちゃう、手汗どうしようとたじたじする真尋の姿に、ついこちらもにやけてしまう。

 けれど、真尋は死神さんへの好意に罪悪感のようなものを感じていた。彼女には忘れられない初恋の男の子がいるからだ。入院病棟で一緒だった、廉くんという少し年上の男の子。2人はとても仲がよく、辛い治療を乗り越えるときもお互いが支えだった。病院の庭には二人で植えた桜の苗があり、いつか一緒に花が咲いたところを見ようと約束をしていたけれど、それを待たずに廉君は退院。それから5年経つが、桜は咲かず、廉君はそれ以降病院へ戻ってくることはなかった。つい真尋は廉君の姿を、死神さんに重ねてしまう。そのことで自分を責める真尋がもどかしい。

 登場人物たちはお互いがお互いを思いあって、物語は進んでいく。真尋の残り2つの願いとは何か。なぜ死神さんが真尋の元へ現れたのか。全てがわかったときに立ち現れる深い愛に、思わず涙がこぼれた。

 そもそも恋なんてありふれていて、ラブストーリーは世界に星の数ほどある。でもそれぞれの恋には、あなたと私にしか絶対におとずれない瞬間があり、その積み重ねが特別な物語となる。これも超シンプルな真実だ。死神さんへの想いが、そして死神さんからの想いが、真尋の世界をきらめかせる。恋はこんなにもひとりの人間の世界を変える。この温かな結末を、ぜひ体験して欲しい。

文=佐々木文旦