開設第一号は3歳児だった「赤ちゃんポスト」。美談として報じられた裏で、こぼれ落ちた事実を拾い集め見えてきた“真実”とは?

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/25

『赤ちゃんポストの真実』(森本修代/小学館)

 母親が自宅に3歳の子供を放置したまま旅行して、死亡させるという痛ましい事件があった。このような育児放棄(ネグレクト)だけでなく、親が子供を暴行して殺してしまう虐待死事件などの報道に触れるたびに、いっそ子供を棄ててくれればと思ってしまう。そこで思い浮かべるのは、熊本県にある慈恵病院が設置している「赤ちゃんポスト」だが、開設時に大々的に取り上げていたマスコミは関心を示さなくなり、同病院に続くような施設ができるといった話を聞いたことがない。気になって、地元記者が丹念に取材したという『赤ちゃんポストの真実』(森本修代/小学館)を読んでみたら、自分の単純さに目眩を覚えた。

開設第一号は3歳児だった

 慈恵病院では「こうのとりのゆりかご」という名称を用いている「赤ちゃんポスト」の開設前には、新聞各紙がスクープ扱いで報じ、テレビの情報番組でも賛否が激しく論じられた。そして、開設後の第一号が3歳の男児だったことも大きく報じられたものの、私はすっかり忘れていた。本書によれば後日談があって、男児の母親は交通事故で亡くなっており、母親の生命保険金など約6000万円を相続していた。しかし、男児の未成年後見人になった伯父が、それをギャンブルなどで使い果たしたため、報道により「匿名で子供預けられる」と知ると、男児を騙してポストに入れて立ち去った。つまり、その匿名性を犯罪の隠蔽に利用されてしまったのだ。しかも、「赤ちゃん」ではない年齢の子供が預けられるという想定外の事態である。

マスコミによって広まる誤解

 件の伯父もそうなのだが、赤ちゃんポストの匿名性について「身分を一切明かす必要がない」というのは大きな誤解だ。赤ちゃんポストに子供が置かれるとナースステーションのブザーが鳴ってランプが点灯し、駆けつけた看護師が保護した後に、警察と児童相談所に連絡するので、「親は捜される」のだ。著者は、実際に子供を預けた母親への取材をしており、その証言によると赤ちゃんポストから立ち去ろうとした背後から病院の職員に声をかけられて驚いたそうだ。そして、病院で子供を抱いた写真を撮ってプリントしてもらい、その写真を「大切な宝物です」と語っている。母親は後に2人の子供をもうけた。預けられた子供は養親のもとで元気に暮らしているという。

advertisement

消えた「天使の宿」

 それから、赤ちゃんポストが「全国初」というのも誤った情報である。1980年代の群馬県に、似たような取り組みをする児童養護施設があった。1986年のこと、戦災孤児の救済を原点に開設されたその施設の玄関先に乳児が置き去られる事件が発生したことをキッカケに、子供が置かれると明かりを点けて知らせる仕組みを施したプレハブ小屋「天使の宿」が施設の一角に設けられた。地元紙の上毛新聞は社会面トップで「捨てられた子に愛の手を」と大きく報じ、同紙は1年後に乳幼児14人が置かれたことなどのリポートを掲載していたという。ところが「天使の宿」は開設から6年後、預けられた男児の発見が遅れ遺体として発見されたことが事件となり、閉鎖されてしまった。

保護責任者遺棄罪に当たる?

 これまでに、24時間対応の赤ちゃんポストに子供を置いた人が「保護責任者遺棄罪」に問われたケースは無いそうだが、際どいケースはあった。病院の代表電話に女性の声で電話が入り、対応した職員が相談にのることを告げると一方的に電話が切れ、ポストに駆けつけたところ「ポストの前の地面」に赤ちゃんが寝かされていたという。母親は、河川敷に敷いた新聞紙の上で出産し、新幹線で長距離移動して病院前まで来たもののポストの扉の開け方が分からず、地面に置き去りにしたのだとか。関係者は、「ほかの病院で地面に置き去りにしたら間違いなく遺棄罪に問われるでしょう」と指摘している。そして実際残念なことに、死産した赤ちゃんがポストに置かれ、母親が逮捕された事件が例としてあるのだ。

「秘密出産」への取り組みは?

 こうした法整備は遅れている、というより進んでいない。赤ちゃんポストの賛成意見では「命を救う」「命を守る」のが理由として挙げられがちだが、一番危険なのは出産時であるのだから、匿名で赤ちゃんを預ける前の段階で「秘密出産」できるほうが望ましい。しかし、出産した後の親の権利や、親を知りたいという子供の想いにどう応えるのかといった課題も多い。なにしろ、養親のもとで暮らしてる子供を実の親が「引き取りたい」と名乗り出た例や、妻子ある男性が不倫相手との間に生まれた赤ちゃんを勝手にポストに置き、子供を育てる意志を示した母親へ返したら数年後に無理心中してしまったケースさえあるというのだ。現実は立ち止まることなく、それを突きつけるこの一冊は、あまりにも重い。

文=清水銀嶺