1998年「ノーパン“すき焼き”スキャンダル」発覚! 揺れる大蔵省に現れた“ダークヒーロー”の驚愕の決断とは

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/25

奈落で踊れ
『奈落で踊れ』(月村了衛/朝日新聞出版)

 あなたは「官僚」というと、どんなイメージを持つだろうか。国の予算や政策、法律の策定に携わる重要な人々だけに「クリーンなエリート」でいてもらいたいものだが、どうも国会答弁で保身に徹しまくる様式的な姿を見たりしていると「不信感」を持ってしまう。このほど登場した月村了衛さんの新刊小説『奈落で踊れ』(朝日新聞出版)はフィクションではあるが、そんな「不信感」を完全なる「ブラック認定」に変えてしまうかもしれない刺激的な1冊だ。

 小説の舞台は官僚組織の中でもエリート中のエリートであった大蔵省(2001年に財務省と金融庁に解体)。1998年の冬、大規模接待汚職「ノーパンすき焼きスキャンダル」が発覚して大揺れに揺れる同省内部を、“大蔵省始まって以来の変人”の異名を持つ香良洲圭一の暗躍を通じて描くピカレスク(悪漢)小説であり、ブラックでないわけがない。

 スキャンダル発覚で省内が大騒ぎの中、自身も接待を受けていた89年大蔵省入省組の4人はなんとか処分を逃れようと、接待を受けていない同期の文書課課長補佐・香良洲圭一に助けを求める。彼らには義理も何もない香良洲だったが、接待疑惑の主要人物である主計局長の幕辺が、自分に目障りな人物を検察に差し出して事態の幕引きを図ろうとしていると聞き、その未来を案じて手を貸すことにする。スキャンダルをこれ以上広げないためにも、まずはすき焼き店の極秘顧客名簿の入手を目指す香良洲は、元妻で与党敏腕女性議員の政治秘書を務める理代子や切れ者のフリーライター・神庭絵里を情報源に、暴力団や総会屋とも平然とわたりあうが…。

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 物語の発端となる「ノーパンすき焼きスキャンダル」とは、実際にあった「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」がモチーフだ(事件当時「ノーパンしゃぶしゃぶ」という語感と「大蔵省」の並びにリアルに脱力したものだが、そのパンチ力は「すき焼き」に変わっても健在だ)。店名が「楼蘭」から「敦煌」になるなどパロディのような名称に加え、実在の人物や事件、当時の政治状況がそのまま出てくるなど、まるでパラレルワールドのようでおもしろい。おまけに香良洲の官僚らしからぬ胆のすわったダークーヒーローっぷりは痛快。「本当に当時のウラはこうだったりして…」とグイグイと引き込まれてしまう。

 興味深いのは舞台となる大蔵省の伏魔殿ぶりだろう。「ノーパンすき焼き」というどうやったって言い訳できない汚点を抱えながらも、「我々が沈んだら国が終わる」とエリート意識は人一倍で、その姿は哀れというかもはや滑稽。どんなに相手がワルであろうと上司であれば逆らわず、興味あるのはとにかく自分の保身と出世(ちなみにワルでないとトップは取れない)、徹頭徹尾内向きの理論で他者のツッコミを念入りに排除するなど、その利己的で独特な思考性は異様ですらある。もちろんフィクションなのだが、わかっていてもどうしても現実を透かして見てしまい、なんともいえない気持ちになる。

 現実社会では「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」は国民に官僚への不信感が定着する契機となったが、まさに始まったばかりの森友学園訴訟で動向が注目される佐川宣寿元理財局長も、同期だった証券局の課長補佐がこの事件で逮捕されるなどリアル渦中にいた世代。腐敗体質はこの事件、そしてその後の大蔵省の解体を契機に改善されたと思いたいところだが、実際はどうなのだろう。今後の裁判の行方も気になるところだ。

 小説では香良洲がラストにある驚愕の決断を下す。その決断は重いが、どこか現在を暗示するかのようでもある。自ら「奈落」に落ちていった香良洲は、その後の時代、そして現在をどう見たのか――踊る彼のその後も見てみたい気がする。

文=荒井理恵