目指すは顧客満足度No.1? ベテラン小学校教師が綴る、消えた「熱血教師」と「接客業化」の実態

暮らし

公開日:2020/7/26

『教師という接客業』(齋藤 浩/草思社)

 新型コロナウイルスでの外出自粛期間中、ネット配信による映画三昧で過ごし、実在の体育教師をモデルにした『スクール・ウォーズ HERO』や、宮沢りえの女優デビュー作『ぼくらの七日間戦争』などを観た。私が小学生だった当時は、学校に箸を持っていくのを忘れると教室の前に正座して給食を食べさせてもらえなかったり、そんな教師に対抗するために級友と協力し教室の扉にバリケードを築いて立て篭もったりしたもんである。中学校時代には缶ジュースを教室に持ち込んだ級友が、教師から血まみれになるまで殴られていたし、後年には神戸市で遅刻しそうな生徒をなんとしても校内に入れさせまいと、教師が校門の門扉で押し潰し殺してしまう女子高生校門圧死事件なんていう悲劇も起こり、教師と生徒との間にはまさしく「戦争」があった。それが今や、『教師という接客業』(齋藤 浩/草思社)なんてタイトルの書籍が出版されるのだから、隔世の感がある。

目指すは高い顧客満足度

 公立小学校教諭である著者によれば、「教師が絶対的存在ではなくなった」近年、生徒の保護者からの要望については「とりあえず承る」ことになっているそうだ。例えば、ある保護者からは「宿題が少ないからもっと量を増やしてほしい」と云われ、別の保護者から「なるべく宿題は減らしてほしい」と申し入れがあったら、いったんは双方に「わかりました」と答える。もちろん両立させることなどできないため、「無駄な宿題はなくす方向で、ただどうしても必要な内容は宿題として出していきます」というように、およそ折衷案にもなっていない理屈をひねり出してでも、とにかくサービス業における「顧客の満足度を最優先に考えるという姿勢」を示すのだとか。

消えた熱血教師

 熱血教師が消えた最大の理由として、著者は「誰も教師を助けてくれなくなった」ことを挙げている。ベテラン教員や管理職が事なかれ主義というのなら、それは前時代でも同様だった。変わったのはテクノロジーと、保護者の意識だ。SNSの普及によって保護者同士の連絡が密になり、何か気に入らないことがあれば個人で学校に乗り込んでくるのではなく、SNSで拡散し集団で抗議されることになる。しかも保護者どころか、学校とはなんの関係も無い人々までが抗議に加わり、それらは代表者がいないから協議もできない。そのため「目立たないのが一番です」という空気が支配的になってしまい、教師たちも縮こまざるを得ないのだ。

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保護者も生徒も本当は熱血教師を求めてる?

 それでも、本書の中で熱血教師を題材にした作品として取り上げられている『スクール・ウォーズ』や、元不良が教師となる設定の『GTO』などの学園ドラマは、依然として人気がある。教師の指導を強引だと批判する保護者が、一方で強力な指導力を求めている可能性を著者は指摘している。また生徒の側も、2019年にカンコー学生服が実施した中高生を対象にしたアンケートによれば、「学校の先生になってほしい著名人」の上位にイチローや松岡修造、吉田沙保里など、いわゆる「熱血派」として知られる人たちがランクインしており、そのことに著者は驚いていた。ただ、「厳しい試練がわが子に課せられる」としたら、すぐに苦情が届くのが現状という次第。

接客業化がもたらす弊害

 そもそも学校教育がサービス業だとしたら、本来の顧客は誰だろうか。それは生徒のはずだ。そして著者は、「顧客は目の前の生徒ではなく、未来の彼ら」とも述べている。ところが実際には、保護者の方に悩まされる事例が少なくない。進級時の学級編成で自分の子供と特定の子を別のクラス、あるいは同じクラスにしてほしいという要望ならまだ分かるが、なんと保護者が自分と他の子の保護者と合わないからという理由で「配慮してほしい」と要求してくるのだとか。先のように「検討してみます」と答えてはみるものの、そんなことはできないのだが、それで終わらず始業式後に苦情の電話が入ったそうだ。他にも、保護者同士のSNSグループ内でのトラブルの相談を持ち込まれることもあるそうで、もはや誰のための学校なのか。

 接客業では近年、顧客による過剰な要求や理不尽な嫌がらせを内部で処理せずに、警察に通報するなどして外部との連携をとるようになってきたという。本書は、明治大学准教授である内藤朝雄先生の「暴力の被害にあったり暴力を見かけたりしたら、学校の頭越しに警察に通報することを、生徒も教員も親も『あたりまえ』に行うことである」という言葉を引用し、「社会生活と学校生活とを一致させる」ことを提言している。

 なにしろ教師は、生徒の健康管理を任されたり、専門知識を要する部活の顧問をさせられたりと、兼任業務が多すぎるから、社会全体で支えていかなければならないと私も思う。そう、子供たちのために。

文=清水銀嶺