寝る前に一篇。1日10分で心が整う! 世界17言語に翻訳された名作アンソロジー

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/30

NHK国際放送が選んだ日本の名作 1日10分のしあわせ
『NHK国際放送が選んだ日本の名作 1日10分のしあわせ』(双葉社)

 1日がんばった自分に、たった10分だけでもごほうびをあげたい。ほんの少しでも、ゆったりとしあわせな時間を過ごしたい。そんな願いをかなえてくれる本が今話題を呼んでいる。

「1日の読書タイムをはじめるきっかけになり、コツコツ読み進めました」「劇的な何かが起こるわけではないが、だからこそずしんと響いてくる」「贅沢な1冊」といった反響がネット上で見られるように、多くの人の心を掴んでいるその本とは、『NHK国際放送が選んだ日本の名作 1日10分のしあわせ』(双葉社)。NHK WORLD-JAPANの国際ラジオ番組「Reading Japan朗読でたのしむ日本」で世界17言語に翻訳、放送された短編を収録した贅沢なアンソロジーだ。朝井リョウ、石田衣良、小川洋子、角田光代、坂本司、重松清、東直子、宮下奈都…。この本には、名だたる作家たちの名作が掲載されている。

 同シリーズの『NHK国際放送が選んだ日本の名作 1日10分のごほうび』と合わせて累計18万部突破。多くの人が日々のささやかな癒しとしてこのシリーズを楽しんでいるようだ。家事を終わらせたら一篇、会社帰りの電車の中で一篇、寝る前に一篇…。そんな風にこの本に掲載された短編を大切に少しずつ読み進めていくと、一日の疲れを忘れてしまう。何だかだんだん心が整えられていくようなそんな気さえしてくるのだ。

advertisement

 作品の読後感はさまざま。心温まるものもあれば、クスッと笑えるものもあるし、少し恐ろしくなってしまうものもある。だが、その多くは、日常にささやかな喜びを見出せそうなものだ。

 たとえば、朝井リョウの「清水課長の二重線」は、社会人4年目・岡本のとある一日を描いた作品。望まない異動で総務部に配属された岡本は、何かと細かい清水課長に悩まされている。「ポスターの数字の全角半角がそろっていない」だとか「社内規程では『領収証』と書くはずなのにこの書類は『領収書』になっている」だとか、清水課長の指摘は、岡本にとって、どうでも良いと思えるものばかり。だが、とある出来事がきっかけで、岡本の、清水課長への視線は変わっていく。ほんの少しの出来事で日常は色を変えていくものなのだろう。

 東直子の「マッサージ」も心に残った。思いがけず突然亡くなった主人公は、家のリビングにあったマッサージ器に心を宿すことになる。マッサージ器になれば、妻や大切な子どもたちをマッサージしてあげられると思っていたのだが…。間近から家族を見ているのに何をすることもできない。家族もまさか「お父さん」の魂がマッサージ器に宿っているだなんて知らずに過ごしている。もしかしたら、大切なあの人も、私の家の何かに取り憑いているのかもしれない。そう思うと、見慣れた家の景色も違って見えてくる。

 どの短編も大事件が起きるわけではない。何か日常が劇的に変わるわけではない。だけれども、物語を読む前と後では、見える世界が少し変わっている。前よりももっと日々のささいな出来事を愛せそうな気がしてくる。

 あらゆる大作家たちの、多彩な物語。読めば読むほど、心が潤っていく。1日がんばった自分へのごほうびに、この本でしあわせな時間を過ごしてみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ