女子高生×罠猟!?「野生動物を捕獲する世界」を丁寧に描いた、異色のスローライフ漫画

マンガ

更新日:2020/8/7

罠ガール
『罠ガール』(緑山のぶひろ/KADOKAWA)

 自給自足の生活に憧れる。自然に囲まれ、食べるものを自分で育て、調理する。なんて丁寧な暮らしだろうか。しかし、都会に住んでいるとなかなかそういった機会に恵まれることがない。

 この自粛期間中、自宅で豆苗やサニーレタス、大葉などを育てることにハマった。それもまた丁寧な暮らしに憧れてはじめたことだったが、自分の手で育てたものを食べるという命の営みには得も言われぬ感動と達成感があり、「もっと自給自足してみたい」との想いを強めた。けれど、自宅でできるのはそのレベルが限界である。手頃な野菜を育てるのみ。あぁ、もっといろいろしてみたいのに。

 そう思っていたときに知ったマンガ『罠ガール』(緑山のぶひろ/KADOKAWA)は、まさにぼくのように自給自足に憧れているものの実現できないというジレンマを抱える人間にとって、夢のような作品だ。

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 本作では田舎に住む女子高生たちのスローライフが描かれている。彼女たちは自宅でも学校でも野菜を育て、それらを収穫して生活する。ただし、それだけでは終わらない。タイトルにも「罠」とある通り、本作の主軸となるのは「罠猟」。農作物をシカやイノシシから守るため、罠を張り、捕獲するさまが描かれているのだ。

 そのライフスタイルを羨ましく思いながら読み進めていくと、これまで知ることもなかった罠猟の世界にディープに浸ることができる。そして、考えてみれば当然なのだが、自給自足の陰には想像以上に苦労があることを教えられる。

 主人公は女子高生の千代丸。田舎にある農家に生まれた彼女には〈レモン〉という名の友人がいて、彼女の家もまた農業を営んでいる。だからだろう、彼女たちの会話には自然と「収穫」という単語が出てきて、生活と自然とが密接につながっていることが窺えるのだ。

罠ガール

 そんなふたりの日常は穏やか……と思いきや、ある日、レモンの畑が荒らされる事件が起こる。その犯人は、イノシシ! 柵を壊し、畑の作物を食べてしまったのだ。間近に迫っていた収穫を楽しみにしていたレモンは、泣きながら千代丸に「イノシシの捕獲」を依頼する。って、そんな簡単にできる!?

 イノシシを捕まえるなんて想像もしたことがない者からすれば、千代丸とレモンのやり取りはもはや不可解! 「無理でしょ!」とツッコまざるを得ない。ところが。その後に続く千代丸の罠猟に関する丁寧な解説を読んでいると、「もしかして、自分でもイノシシを捕まえられるかも……」と思えてくるから不思議である。

罠ガール

 また、物語のなかで千代丸は、「罠猟」における大事なことを口にする。

罠ガール

 それは、「野生動物を狩ることの意味」だ。

 農家に被害が出ている以上、件のイノシシを放置しておくわけにはいかない。ところが、土壇場でレモンは、イノシシを仕留めることについて「かわいそう」だと弱音を吐く。

 それに対して千代丸は、「これは必要なことなんだ」と断言する。

 千代丸は“遊び”で狩りをしているわけではない。彼女は“人々の営み”を守るために野生動物を捕獲し、だからこそ、誰よりもその命の重さを真剣に受け止めている。ときには、捕まえた動物を解体して食したりもする。大自然のなかで生きる千代丸は、「命が循環していること」を体現しているかのようだ。

 ぼくは彼女の言葉を読み、ふだん何気なく食べている肉について考えさせられた。牛肉、豚肉、鶏肉、そのどれもが人間のために育てられた命のかたまりだ。それを無駄にする行為は、なんて傲慢なことだろうか。「フードロス」という言葉があるが、可能な限り、目の前にある食べ物は大切にしなければいけないと思わされた。至極当然のことだが、豊かな日々に慣れているとそういった感覚を見失いがちだ。

 その他、本作では「鹿の解体」「鳥獣供養」「カラスとの攻防」など、なかなかマンガでは読めない珍しいエピソードが目白押し。なかでも最新の第5巻では、園芸部の畑を荒らす鹿と千代丸との戦いをベースに、彼女と他の女子生徒との交流が深く描かれる。罠猟マンガとしてのテンションは保ちつつ、千代丸の人間としての成長にもスポットライトが当てられているのだ。「罠猟」という単語だけを見て拒否感を覚える人にも、安心してオススメしたい。

 実際に千代丸のようなライフスタイルを送れるかと問われると、素直には頷けない。罠猟には危険も伴うし、豊富な知識や経験が必要だ。だからこそ、本作を読み、千代丸の毎日を追体験することで、非常に大きな満足感を得られた。

 ステイホーム期間、完全な自給自足生活には程遠い分、その願望をマンガで補完する。そんな楽しみ方もできる罠猟ライフを、ぜひ読んでみてほしい。

文=五十嵐 大