薬の飲み残しで年間1兆円の無駄が生まれている!?――この国の社会保障の問題構造をデータから読み解く

社会

更新日:2020/8/3

無駄だらけの社会保障
『無駄だらけの社会保障』(日本経済新聞社:編/日経BP)

 もはや止めようもない超少子高齢化によって、年々増大する社会保障費。政府は絶望的な試算を示している。医療、介護、年金など、私たちの生活を支える社会保障費は、なんと今から20年後の2040年度に、190兆円に膨れあがるそうだ。ただでさえ凋落の目立つ日本経済において、これを絶望といわず、どう表現しよう。

 ところが『無駄だらけの社会保障』(日本経済新聞社:編/日経BP)は、興味深い指摘をする。社会保障に関する徹底的なデータ分析をすると、日本人が自分で自分の首を絞めるような“無駄が見えてきた”というのだ。

 わかりやすいものでいえば、3割負担の医療費だろう。風邪やお腹の不調など軽い病気ならば、薬局で販売される市販薬で十分治せる。しかし一部の人々は病院で診察してもらい、市販薬より安い値段で病院処方を手にする。

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 患者は負担なく薬と安心を手にできるが、その裏で国が病院に7割分の医療費を支払っているのだ。それは税金であり、しっかり国の借金として積みあがっている。もう日本人では抱えきれないほど、高く、重く。

 これは無駄な社会保障ではないのか? それが社会保障の破たんを生むならば、寸前の今のうちに構造を見直すべきではないか? これが本書の訴えだ。

 本稿では本書の一部を取り上げるので、ぜひこの絶望を今のうちに知り、無駄だらけの社会保障を考える契機にしてほしい。ちなみに本書が示すデータは、コロナ以前のものだ。しかし“無駄を生む構造”に変わりはない。むしろコロナ禍で悪化している可能性さえある。

薬の飲み残しで年間1兆円の無駄が生まれている可能性

 体を痛めたので、ある湿布薬が欲しいとしよう。本書によると、その湿布薬はネット通販で598円(2019年6月時点)。ところが病院で同じ量を処方してもらえば3割負担なので、105円で済むという。病院では診察料なども支払うので、もう少し自己負担額は上がる。それでもコンビニのごとく、軽症であっても病院を選択してしまう心理はよくわかる。怪我や病気の種類にもよるが、市販薬を買うより、病院に行ったほうが安く済むケースが少なくない。

 もし日本人が社会保障に敏感になって、代替可能な市販薬をフルに活用したらどうなるだろうか。本書が独自の試算を行ったところ、約5400億円が削減可能だという。

 ありがちなケースを挙げれば、薬の飲み残しについても考えたい。病院から処方された薬を、毎回すべて使い切っている人はどれくらいいるだろう。たいていは少しだけ残って、薬箱にポイっと投げ入れているのではないか。もしくは「病院の薬はよく効くから置いておこう」と大切に保管しているかもしれない。

 これらの“残薬”について、東京薬科大学の益山光一教授は「はっきりと分からないが、1兆円程度あってもおかしくない」と指摘する。残薬は調査が難しいのではっきりとした数字は出しにくい。しかし日本では年間約10兆円の薬が処方されており、益山教授は「数%しか残薬がないとは考えにくい」という。

年間9000億円もの入院患者が作られている

 ここで挙げた医療費の無駄は、残念ながらごく一部だ。これらの無駄を徹底的に見直せば社会保障費を減らすことができる。しかし現実は難しい。その理由のひとつに、病院経営がある。

 コロナ禍において、多くの病院の経営が赤字になっている報道を目にしたはずだ。その原因は本稿の趣旨から外れるので取り上げないが、忘れがちな事実に気づかされる。一般企業と同じく、病院も“経営”しているのだ。

 非常に単純な話で、一般の小売店と同じく、病院は薬を処方すればするほど儲かる。患者を受け入れれば受け入れるほど、患者から3割、国から7割の診療報酬を得られる。これが病院経営の基本だ。

 もし日本人が徹底して市販薬を活用すれば約5400億円の売上が、薬の飲み残しがないように徹底した管理を行えば最大1兆円規模の売上が、病院から消えてしまう。

 だから医者の本音として、市販薬の活用は広めたくない。価格の安い後発医薬品を活用するシステムを導入したくない。薬の飲み残しは致し方ない。効果が乏しいとされる医療薬の見直しに後ろ向き。

 本書で特に驚いたのは、人口減で入院患者が減る傾向にあるのに、過剰なベッドを導入し、病院の経営を成り立たせるために“先進各国の倍”も入院を長引かせる現実だ。なんと入院患者の1割が「服薬だけ」のために病院のベッドで寝ているという。それにかかる医療費は年間約9000億円。本書の言葉を借りれば、まさしく「入院患者が作られている」現実がある。

 もちろん医療費削減に積極的な病院や自治体もある。山形県庄内地域では、生活習慣病に関する「推奨薬リスト」をそれぞれの病院に導入し、月に約900万円の医療費削減を実現した。しかしこのような事例は少ない。

足りないはずの特別養護老人ホームに空きが出ている

 超少子高齢化の影響で、高齢者の数が爆発的に増えている。そのため自力で生活できなくなった彼らを受け入れる特別養護老人ホームが各地で満床になり、待機児童ならぬ待機老人が社会問題になっている。

 しかしこの特養に今、空きが出ていることをご存じだろうか。2018年9月時点の本書の調査では、首都圏で6000人分。当時6万5000人といわれた特養待機者の約9%に及ぶ。

 なぜこのような事態が起きるのか。介護従事者の人手不足という根本的な問題がありながら、別の問題も目立つ。それは有料老人ホームなど民間施設との競合だ。

 2017年10月時点で、首都圏の特養の定員は13万4000人。2013年と比べて、約18%拡充した。しかし有料老人ホームは32%増の14万8000人、見回りなどサービス付き高齢者住宅は71%増の4万8000戸。ある特養の施設長は「特養以外の施設に流れる人もいる」と嘆く。それでも政府は特養のさらなる拡充を目指しており、今後「無駄なハコモノ」を増やす可能性を秘めている。

サービス付き高齢者住宅が介護施設化する問題

 さらに問題なのは、一部のサービス付き高齢者住宅が要介護度の高い人を受け入れることだ。サービス付き高齢者住宅は法律上「住宅」なので、介護サービスの提供をする必要はない。ところが特養から流れる高齢者を確保するため、事業者が家事支援などの介護拠点を「併設」して、介護サービスを行うこともある。

 具体的には、サービス付き高齢者住宅の事業者が“安定的な運営”を行うため、住宅の家賃を安く設定して、介護が必要な高齢者を受け入れる。そして介護事業者と契約を結び、併設した介護拠点で介護サービスを行う。介護保険をフルに活用するため昼間は「デイサービスに行って寝てもらう」。このようにして事業者は国から介護報酬を得て、安定的な運営を可能にする。

 本来「一定の収入や資産のある人々が利用する」サービス付き高齢者住宅が、介護保険をフル活用すると、言わずもがな、社会保障はひっ迫する。もちろんすべての事業者がこのような施設運営を行っているわけではないが、サービス付き高齢者住宅の“介護施設化”が増える現状は、社会保障の構造に問題がある事実を示している。

 このように本書は“無駄だらけの社会保障”を訴える。読み進めるほど絶望的な気持ちになるが、考えようによっては希望もある。無駄を生む構造さえ改革できれば、もっと社会保障費がスリムになるのではないか。2040年度の190兆円という絶望的な試算がもう少し小さくなるかもしれない。

 そのためにできることは何だろうか。国の重たい腰を上げさせて、抜本的な改革に移るには、やはり世論しかない。熱い世論が政治を動かすはずだ。ぜひ本書を手に取って、読者のできる限りの方法で、この無駄だらけの社会保障の現状を広めてほしい。高く、重く、積みあがった国の借金が崩れるその前に。

文=いのうえゆきひろ