江戸から平成まで――人でありながら鬼となった男は、途方もない旅を続ける。話題沸騰の歴史巨編ファンタジー

文芸・カルチャー

更新日:2020/8/7

鬼人幻燈抄 幕末編 天邪鬼の理
『鬼人幻燈抄 幕末編 天邪鬼の理』(中西モトオ/双葉社)

 江戸時代、刀鍛冶の集落として名高い葛野には、土着の神に祈りを捧げる「いつきひめ」がいた。幼い頃に妹と共に葛野に身を寄せた甚太は、当代のいつきひめである白夜を護衛する役目を預かる。白夜と想いを寄せ合う仲となるが、運命が一転する惨劇が起こる――。

 2019年6月に第一作が発売されるやまたたく間に重版となり、巻を重ねるごとに反響を呼んでいる中西モトオさんの『鬼人幻燈抄』(双葉社)。重厚な文体と詳細な時代考証、壮大なスケールで展開される物語と魅力あふれるキャラクター……と推しポイントを挙げていったら枚挙に暇がない。

 そこで、最新第4巻『幕末編 天邪鬼の理』を中心に読みどころを紹介したい。

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主人公・甚夜(甚太より改名)を中心とする人間ドラマ

 葛野での悲劇によって、人から鬼へと変貌した甚夜。170年後に現れるという鬼神を自らの手で殺す誓いを立て、江戸の町で鬼退治を生業として暮らしている。憎しみと刀だけを拠りどころとしていた彼だが、この町で様々な出会いを得る。

 蕎麦屋の気のいい主人とその看板娘。鬼退治がらみで親しくなる商家の番頭と、そこの令嬢。実直な若侍に、謎めいた夜鷹。

 彼らの中には人間もいれば鬼もいる。そもそも甚夜自身が鬼の身であり、同種である鬼を斬るごとに自分は何者なのかと懊悩を深めていく。今作ではそんな彼が、なんと子持ちになってしまう。周囲の人々に見守られて子育てをしながら、甚夜は江戸で過ごした歳月が、殺伐としていた自分を変えてくれたことを改めて実感する。

 この巻では2巻から登場している、ある主要人物が死んでいく姿が、じっくりと描かれている。それによって生と死という本作の主題の一つが色濃く浮かんでいる。

時代が変化していく中で鬼が意味するもの

 この物語は江戸時代の終わり、天保11年(1840年)からはじまり、明治、大正、昭和、最終的には平成まで行き着く構成となっている。

 のちに[幕末]と呼ばれることになる開国前夜の江戸で、甚夜はその剣の強さゆえに、幾度も事件に巻き込まれる。特に幕府存続を唱える会津藩士、畠山泰秀が登場する第4巻は胸アツ展開が山盛りだ。

 序盤に出てくるエピソードからして幕末感がみなぎっている。土佐勤王党の武市瑞山と坂本龍馬が会談したという設定のもとに描かれる「深川会談」。その裏側で、甚夜は妖刀を手にした男と闘う。さらに人斬りから鬼となった剣士や、鬼でありながら畠山の腹心の部下として尽くす強敵が、次々と現れる。

 時代から取り残されようとしている点で鬼と武士は同胞、と畠山は説く。
 生き延びるために手を取りあい、共闘しよう、と甚夜に訴える。

 あやかしをはじめとする怪異、伝説、おとぎ話、そして鬼。時代が進むにしたがって廃れ、消えていくそれらの中に武士もまた含まれていることを、冷徹なまでのまなざしで活写している。

 この4巻をもって江戸という時代は終わり、次巻より新しい時代――明治編がはじまる。文明開化の世を甚夜はどのように生きていくのか。10月に第5巻『明治編 徒花』が発売されるのに加え、同じく今秋よりファン待望のコミカライズ(作画:里見有)がスタートする。甚夜の旅とこの物語の行く末を、170年後よりさらに先の令和から見守っていきたい。

文=皆川ちか