この島のすべての情報を守りたい…沖縄と世界がつながる祈りの物語〈芥川賞受賞作『首里の馬』〉

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/9

首里の馬
『首里の馬』(高山羽根子/新潮社)

 よくわからないものは恐ろしい。なるべく遠ざけたいし、関わりたくない。だけれども、そういうものにも必ず価値はある。よくわからないものが重なり合い、つながり合うことが、確かな可能性を生み出していく。

 第163回芥川賞受賞作・高山羽根子氏による『首里の馬』(新潮社)は、まさに「よくわからないもの」が情報として集積されていく姿を描き出した作品だ。題名の通り、物語の舞台は、沖縄。琉球時代の記憶。戦争の歴史。米国領時代の痕跡。変わりゆく日常…。あらゆる情報がインターネットを通じて世界とつながり合い、時に意味を成していくこの物語には、静かな感動がある。

 主人公・未名子は、天涯孤独な女性だ。彼女には、2つの仕事がある。1つは、中学生の頃から十数年間にわたって続けている、古びた郷土資料館での資料の整理。もう1つは、世界の果てにいる人たちと一対一のオンライン通話を行い、クイズを出題するオペレーターの仕事だ。

advertisement

 ある台風の翌朝、未名子は、自宅の庭で大きな生き物がうずくまっているのを発見する。よく見ればその生き物は資料館の資料で見たことがある幻の馬・宮古馬だった。クイズの通信相手に、宮古馬との出会いを話す未名子。そうして、宮古馬に出会った日を境に、未名子の日常は少しずつ変わり始めていった。

 はたから見れば、未名子の仕事はどちらも理解しがたい。郷土資料館は、公的なものではなく、民俗学者だった順さんの私的な資料の保管場所で、未名子はその整理を無給で続けている。そこにあるのは、島の現在までのなりたちについてのあらゆる情報。しかし、周囲の人からすれば、何をしているかわからない怪しげな施設として気味悪がられている。

 クイズオペレーターの仕事についても同様だ。「孤独な業務従事者への定期的な通信による精神的ケアと知性の共有」を目的としているらしいが、不思議な仕事だ。この仕事の通信相手は、宇宙空間や南極の深海、戦争の真っ只中にある危険地帯のシェルターなど、世界各地に散らばっているらしい。雑居ビルの一角にあるクイズの通信のためのスタジオは、周囲の人から見れば不気味に思われるのも無理はないだろう。

「わからないことは怖いんだよ、たぶん、みんな。台風といっしょで」

 よくわからないものは、怖い。だが、未名子は、資料館やクイズのオペレーターの仕事などそういうよくわからないものに救われている。そうして、それは必ず何らかの意味をもつ。情報と情報がつながり合うことで、大きな意味が生まれていく。

なにか突発的な、爆弾や大嵐、大きくて悲しいできごとによって、この景色がまったく変わってしまって、みんなが元どおりにしたくても元の状態がまったくわからなくなったときに、この情報がみんなの指針になるかもしれない。まったくすべてが無くなってしまったとき、この資料がだれかの困難を救うかもしれないんだと、未名子は思った。

 昨年、沖縄では、首里城が焼失するという痛ましい出来事があった。あの出来事を思うと、未名子のすることが無意味であるとは思えない。そして、オンライン通話が当たり前になったコロナ禍の今だからこそ、遠く離れていても、人と人とのつながりが心を癒すことにも強い共感を覚える。

 この作品は、今読むべき作品だ。情報を集積すること。それがつながり、意味を成していくこと。物語に込められた静かな祈りが胸にせまってくる。

文=アサトーミナミ